Somebody To Love

Keep Yourself Alive

 昇った太陽が必ず沈むように、祭りの日も必ず終わる。文化祭の最終日の次の日、オレはいつになくソワソワしていた。『いつ飛行機に乗るの?』というオレからの問いに対する『今日の夕方です』という彼女からの返事と、さっき急いで書いた外出許可願を交互に見ながら寮の談話室をウロウロと歩き回ってしまう。
「ケイト、さっきからどうしたんだい? 用事があるなら作業をしながらでよければ聞くけれど」
「えっ、リドルくんめちゃくちゃ察しが良いね!?」
「こんなに近くでウロウロされたら嫌でも気がつくものだよ」
「それもそうかも……」
文化祭の会計書類をまとめていたリドルはふう、とため息をつきオレが座るためのスペースを開けてくれる。そんな優しい寮長に恐る恐る記入済みの書類を差し出した。
「……あのさ、めちゃくちゃ急なんだけど、今日の午後の外出許可を貰いたいです」
「午後?」
「ダメかな〜、ダメだよね、次はもっと早く……」
「いや、構わないよ」
寮の談話室で文化祭で使った諸々の書類を纏めている合間に寮長に声をかけると、二つ返事で許可が出た。予想外の返答に思わず声をあげてしまう。
「えっ、リドルくんなんか今日甘くない?」
「甘い……そうかな、」
「そうだな、リドルにしては珍しい」
「そうだよ、普段ならこんな直前に申請出したところであっさり許可してくれないでしょ」
リドルの隣に居たトレイも「確かに、」と頷くそう、うちの寮長様は自分にも他人にもものすごく厳しいから、普段であれば外出許可の申請は3日以上前でないと受け取ってもらえない。「やっぱリドルくん疲れてる?」と問いかけると、ここ数ヶ月で少し丸くなった"女王陛下"は、「それは……、」と困ったように眉を下げた。
「……君が『どうしても今日じゃなきゃダメだ』みたいな顔をしているからだよ、ケイト」
「……オレそんな顔してた?」
「ああ、してたね」
リドルが力強く頷き「ねえトレイ、」と隣の副寮長に声をかけると、食えない同級生は笑いを噛み殺しながら「ああ、してたな、」と頷いた。
「ちょっと、何笑ってんのトレイくん」
「はは、すまんすまん、なんだかお前たち、仲良くなったよな」
「元から仲良いけどぉ?」
「特に仲良くしてるつもりはないけど、」
「えっ、ちょっとリドルくん!?」
「ふふ、冗談だよ、さあケイト、早く出かけたかったらこの書類の処理を手伝うことだね」
「え、まじ?」
「勿論、仕事をサボる者に許可は出せないよ」
戯れのような会話を交わして笑う。いつの間にか、彼らに対しては『こうすればやりやすい』とか『ちょうど良い距離感』とか考えなくなっていたから不思議だ。この寮長も副寮長も器用に見えて人間関係となると不器用だから、そういう駆け引きみたいなこと考えても思っていた通りにならないし。だけど彼らとはそれがいい、それでいい。「仕方ないなあ」と苦笑を漏らしながら、オレは友人たちから書類の束を受け取った。

♦︎

 突然『空港まで見送りに行っても良い?』とメッセージを送ったにも関わらず、彼女は快く『もちろん』と返事をくれた。外出申請を出したものの、もしかしたら断られるのではないかと思っていたからホッとした。
待ち合わせ場所である空港に向かうバスの乗り場にはしかいなかった。「バンドの人は?」と聞くと「飛行機の離陸まで自由行動なんです」と彼女は笑う。なるほど、確かに何もない空港で時間を潰すよりも街を見て回った方がずっと有意義だ。
ちゃんは街でお土産とか見なくて良かったの? そうはいっても目新しい店とかはないけど……」
「あ〜、えっと、」
「何?」
「……空港なら、誰もいないかなと思って、」
「……そっかあ、」
明確に言葉にされずとも、二人きりになりたいのだ、という彼女の意図が伝わった。けど流石に、何も言われていないのに、オレも同じ気持ちだよ、なんて言葉にするのは自惚れが過ぎるかなと思って、荷物を持っていない方の彼女の手に自分の指を絡めるだけに留めておいた。
荷物はどうやらギターケースだけらしい。「他の荷物は?」と問いかけると彼女は「手荷物としてバスの乗務員さんに預けてきました。そのまま飛行機の機内に乗せてもらえるんです。だから今はこれだけ」と言ってシンプルな色のそれを示す。文化祭にも持ち込んでいたそれはやはりずっしりと重そうだ。
「一番重いもの機内持ち込みにしちゃったんだ……」
「でも、手で持っていたいし、」
この大きさだから飛行機に乗る前に乗務員に止められるのではないかと少し心配になったが、どうやら楽器は申請すればきちんとゲートを通れるらしい。いつも楽器を実家に持って帰る時は鏡を使うから知らなかった。たぶん、この子から教えてもらうことはこれからもたくさんあるのだろう。あの時彼女に手渡されたインディーズのわけわかんない曲のCDみたいに。なんだか少しわくわくして、思わず笑い声を漏らしてしまった。

 たどり着いた空港は、彼女の予想通りほとんど誰も居なかった。その中でもさらに人の少ない、最上階の送迎デッキの隅の方のベンチを目指す。売店で購入したコーヒーを片手に窓の外を見ると、飛行機が行き来している様子がよく見えた。魔法が使えなくてもエンジンを使えば空を飛べると最初に考えた人は誰なんだろう。オレは魔法が使えるけど、そんな夢みたいなこときっと思いつかない。
そんなことを考えているうちにデッキの隅に辿り着いたから、彼女に先に座るように促す。ギターをぶつけないように、飲み物をこぼさないように、慎重に腰掛けようとしているから、すっと紙カップを引き取った。目が合うと「ありがとうございます」となんとも嬉しそうに目の前の女の子は笑う。そんなに大したことしてないのに、そんな風にされるとなんだか照れ臭くなってしまう。誤魔化すようにギターケースに視線を落として口を開いた。
「ねえ、ちゃんと見せてよ、あのギター買ったんでしょ」
「あ! そう、そうなんです!」
「指、ちゃんと届くの?」
「ふふ、届いてないです、」
「届いてないのに買っちゃったのかあ」
「なんとかなるかな、と思って……」
「まあ、なんとかなってたけど……」
取り出されたギターは、店で見た時よりも手入れが行き届いているように見えた。誰もいない空港で、彼女はそっと弦を弾く。スピーカーは取り付けてないから音はカスカスしている。けれどその音とキャラメルによく似た色のギターが『いつか』のアコギを彷彿とさせて、なんだか感慨深い気持ちになる。カスカスしたアルペジオを紡ぎながら彼女は「ケイトくん、」とオレの名を呼ぶ。
「ケイトくんは優しいですね、」
「そうかな、」
「そうですよ、今も二人分飲み物持ったまま見てくれてるし、」
「そりゃそうだけど……、……君にひどいこと色々言ったのに?」
「……、」
一瞬、何も言わなくなる。自嘲気味に笑って目を逸らした。
「ほら、オレはそんなに優しい奴じゃないでしょ」
「……ケイトくんは優しいですよ」
もう一度彼女はそう言って頷く。……そんなこと言うのは君くらいだよ。
多分きっと、オレが優しくなれるのは、この子があまりにも優しいからだ。
「……ねえ、ケイトくん、」
「ん?」
「また会えますか?」
いつかと同じ問いかけをされた。あの時は『わからない』と答えたけれど、今は『また会える』という確信がある。でも、うん、と頷くのはどうにも照れ臭くて、「いつなら会える?」と目を逸らしたまま聴いてしまう。
「……そうですねぇ、」
彼女の穏やかな声が耳に心地良い。この声をまた聞くことが許されているという事実を改めて感じて、心臓がじわりと暖かくなった。

 手を繋いで、搭乗ゲートまで並んで歩く。
昔読んだ絵本によると『さよならを言うのがつらい相手がいるのは幸せなこと』らしい。そんなわけないだろ、と思う。『さよなら』は何度だって寂しいし、苦しいし、幸せだって思ったことなんか一度もない。
それなら、『さよなら』を『またね』にすればいいじゃん、だなんて、ありふれたポップスの歌詞のようなこと思いながら、ゲートをくぐる彼女の手をそっと離した。夢みたいなことは思い付かなくても、魔法みたいに心を飛ばす言葉を、オレは口にすることができるんだよ。
ちゃん、またね、」
繋いだ手を離して、別れを告げた。いつの間にか沈みかけていた太陽は空をオレンジ色に燃やしている。なんだかじわじわと彼女が愛おしくなってきて、今にもその手を繋ぎ直して抱き寄せてしまいそうで、自分を誤魔化すように息を吐いた。