Somebody To Love

Keep Yourself Alive

 舞台袖からじっと舞台を眺めていると、ゆっくりと中央に彼女が向かう。その手に握られと光るのはあのホリデーの日に二人で見ていたギターだ。ライトに照らされたそいつの弦を鳴らすと小さなアンプからなかなかの爆音が流れ始める。なんだか路上ライブが始まったみたいでちょっとわくわくした。そういえば土砂降りの中猫を助けたあの日も屋外の路上ライブをやる予定だったんだっけ。あの日の続きがまた始まったみたいで、思わず拳を握ってしまった。

 彼女の持参したミニアンプはこれほどの大きさのステージに向いているわけじゃないから、所々音は途切れるし、ノイズも混ざる。それでも彼女はギター一本抱えてステージに立って、歌う予定だった曲を歌った。大人が嫌いだとかなんとかいうくだらない歌。何一つ泣き言を吐かずにやりきった彼女から目が離せなかった。
一瞬の静寂、そして、「音声のチェックを行います」というアナウンスの後、マイクチェックを行い、しばらくして二つ目のバンドのステージが始まる。さっきまでぐっちゃぐちゃの空気と比べてあまりにも平凡だ。まるで夢みたいな時間だったと思うと同時に、そんなぐちゃぐちゃな夢があるからこそ成り立ってる『普通』を改めて噛み締めた。

 ミドルスクールの文化祭の時のことを思い出す。彼女は何があっても一人になったとしてもステージに立とうとしていた。あの子はそんな風に時折驚くほど大胆になるから、その度少し戸惑ってしまうけれど、そんなサプライズを少しだけ楽しみにしている自分がいることも確かなんだ。
ギターを弾くにしては小さめの手が、その細い指先にそぐわない太いネックの上を滑る光景が目の裏に焼き付いている。
他人のことをこんなに『格好良い』と思ったのは初めてだ。……いや、それだけじゃない。少し冷めているみたいなフリして誤魔化してたのに、今改めて、あの子に対して、あの子を、あの子だけに、抱えていた感情を、改めて自覚して戸惑ってしまっている。見つけたのはオレ、選んだのもオレ、手放したくなかったのも、
「……オレじゃん、」
小さな呟きはスピーカーから聞こえる爆音にかき消された。なんだかオレばっかり好きみたいでかっこ悪い。

 そう、ずっと、オレの方が、一人で勝手にあの子のことが好きなんだ。

♦︎

 例に漏れずオレとリリアの演奏は、まあなんか、普通だった。それでも袖に戻ると彼女は満面の笑みを浮かべて「良かったです」と言ってくれた。まるで昨日オレが酷いこと言ったことなんか忘れてるみたいに。そのせいかなんだかふわふわと現実味がなくて、めちゃくちゃぎこちなくお礼を言うことしかできなかった。

 午前の部の後は一旦演奏機材を片付けて、午後からは合唱とかブラスバンドとかマイクやスピーカーが必要のない部活の発表に移る。そっちのステージには正直そんなに興味ないから、さっさと会場を出て楽器を寮に置きに戻ってサイエンス部の展示でも冷やかしに行ってやろうと思っていたが、いつのまにかオレたち軽音部も舞台転換の手伝い要員に組み込まれていた。主催校というのはこういうのが面倒だ。こういう時こそオレのユニーク魔法の使い所だろうとは思うんだけど、この疲労感で魔法を使ってしまったらいつオーバーブロッドするかわからない。「めんどくさ……」と小さく呟きながら、散乱するコードをぐるぐると腕に巻きつけた。
片付けが終わる頃にはの姿は楽屋から消えていた。のバンドのメンバーはまだ数人残っているから、少人数、もしくは一人で行動しているのだろう。楽器や機材も無くなっているから、あの大荷物を抱えたまま移動しているのだろうか。
『まだ校内にいる?』とだけメッセージを送る。『展示をみています』と返ってきてホッと息を吐く。躊躇う気持ちが頭をよぎる前に勢いで通話ボタンを押すと2コールほどで向こうとつながった。
「も、もしもし、」
ちゃん、今どこ? 近くにあるの何部の展示かわかる?」
「えっと、そんなに人は多くないところで……。ここは……山を愛する会? の展示室の前です、」
「ああ〜、」
奇妙な同好会に所属する無駄に縦に長い後輩の顔を思い浮かべる。あの寮の面々に目をつけられると厄介だけど、こちらからアクションを起こさなければ無駄に絡まれることはないだろうから、その場で待たせていても大丈夫だろう、たぶん。
「わかった、話したいことがあるから、その辺の廊下で待っててよ」
「……私も、ケイトくんと話がしたいと思ってたんです」
その一言に深い意味はないのかもしれない。けれど、わざわざそう言われるだけでオレの口の中は緊張でカラカラに乾いてしまって「わかった、じゃあ、あとでね、」と掠れた声で伝えるのが精一杯で、電話を切った後思わず深く息を吐いてしまった。

 階段を登ってたどり着いた廊下はやけに静かだった。ざわめきが遠くの方に聴こえる。展示企画のエリアでは黙って制作物を鑑賞している人が多いようだ。先程までステージで演奏する音楽系の部活の人たちばかり見てきたから、なんだか少し戸惑う。おそらく、飲食系の出し物を企画した部活のエリアや研究発表を行う部活のエリアもまた違った雰囲気なのだろう。
静かな廊下の片隅で一人彼女は待っていた。想像通りギターのケースを抱えて大荷物だ。「ちゃん、」と声をかけると、ぱっと顔を上げて嬉しそうな顔をする。そんな顔されると自惚れてしまうからやめた方が良いよ、だなんて、頭の隅で思いながら「お待たせ、」とギターケースを特に何も聞かずに勝手に持ち上げた。
「うわ、重、これさっきのアンプとかも入れてるの?」
「あ、はい。あの、ケイトくん、私持てますから……」
「大丈夫、大丈夫。これくらいさせてよ。奥の階段降りたら中庭だし、そこならベンチとかもあるからそっちで話そっか、」
よく考えたら楽器とか結構高価で大事なものだしあんまり他人に触ってほしくないのかもしれないな、と思ったが特に何も言われなかったからそのまま持って歩くことにした。

 中庭の隅と蔦が生い茂るエリアを抜けると、ポツンとベンチが一つだけ置いてある箱庭のような空間に辿り着く。気まぐれにマジカメ映えするスポットを探していなければ見つけることができなかったであろうこの場所は、ハーツラビュルの迷路ほど入り組んでるわけではないが、文化祭を抜け出してわざわざこんな分かりづらい場所に入り込んでくるような人はいないだろう、と思う。「秘密基地みたい」とウキウキした声を出す彼女に、オレもご機嫌に「でしょ〜」と返しながら、ベンチを覆う落ち葉を風の魔法で吹き飛ばす。あまり魔法を見る機会はないのであろう彼女は感心したように息を漏らした。二人で並んで座り、ほっと一息ついて、小さく深呼吸する。
「あの、」
「あのさ、」
声を上げたのは二人同時だった。目があって二人苦笑する。
ちゃんから先に言ってよ、」
「いや、大したことない話なのでケイトくんから……」
「けど、オレが言いたいこと言ったらちゃんはもうオレと話したくなくなっちゃうかもよ、」
「……、話したくなくなっちゃうようなこと言うつもりなんですか?」
「いや、わかんないけどさあ、」
そうして二人とも、何も言わなくなる。言いたいのか、言いたくないのか、まだよくわからなかった。だけど、今言わなければもう明日は言いたくなくなってしまいそうな気がして、反面、今言ってしまったら彼女がもう何も言ってくれなくなってしまいそうな気がして、なんだか少し怖い。もう冬は終わりかけて、日向はぽかぽかと暖かいのに、膝の上で握った手がやけに冷たかった。
「ケイトくん、」
先に声を出したのは彼女の方だった。いつかのあの人同じだ。遠ざけて、突き放して、傷つけて、まるで臆病な獣みたいなオレの名を呼んで、いつも通りに声をかけてくれる。沈黙を柔らかな雰囲気に変えていく。
「……髪、切ったんですね」
「あ、うん、ちょっとだけ、よく分かったね」
「ふふ、分かりますよ、似合ってます」
「……ありがとう、」
彼女につられて自分も笑う。不思議な気分だ。今から口にする言葉全部を、ずっと大事にすることができそうな、そんな雰囲気。名前を呼ぶと彼女の視線がこちらを向く。また目が合って、オレはゆっくりと口を開く。
「……ごめん、ちゃん、なんか、昨日のは八つ当たりっていうか、」
「八つ当たり?」
そう、まさしく八つ当たりなのだ。オレが勝手に拗ねていただけ。情けなくて、傍迷惑な話だ。
「そう、なんかというか悔しかったんだよね、色々」
「えっ、それは、なんか、ごめんなさい」
謝ることなんかないのに、彼女は少し焦ったような顔をする。そう、君は何も悪くないんだよ。それでもぽつり、ぽつりと彼女は言葉を紡ぐ。
「私、ケイトくんに言わなきゃいけないけど言ってないことあるし、色々」
「そうなの?」
「そうなんです、……それに、今日も勝手に色々やっちゃったし、スピーカー持ち込んだり」
「それは、……いいんじゃない? 格好良かったし」
少しだけ、表情が和らぐ。ホッとしたような顔をした彼女は再びゆっくり口を開いた。
「あの、ケイトくん」
「なに、」
「私、アルバイト始めたんですよ」
「バイト!?」
「そう、賢者の島までって結構距離あるし交通費かかるから……」
「ああ〜、確かに……」
「めちゃくちゃ遠いから、出場するかもちょっと悩んだんですけど……ケイトくんの学校の近くまで会いに行けたらいいなって思ったから……」
「……オレが、きっかけなの?」
「それだけじゃないけど……、あわよくばそうならないかなって、そういうことばっかり考えてるんです私」
なんだか突然、大きな感情をぶつけられたみたいな気分だ。……いや、本当は向けられている感情に気づいていた。それでも、見えていたのに見てないふりをしていただけ。「そっか……、」と返すことしかできないオレを見て、「重いでしょ? 私。面倒くさい女なんですよ、」と笑って彼女は続ける。
「行動する理由がケイトくんのことばっかりで、ケイトくんがいなくなったらどうなっちゃうんだろうって、ちょっと怖い」
ちゃん、それはさ、」
「こんなに、ケイトくんのこと好きなんだよ、好きすぎて私ばっかり好きなんじゃないかって思うの」
「そんなの、オレの方がちゃんのこと好きだよ、」
「嘘だぁ、」
「ほんとほんと、」
重くて面倒くさいのはオレだって一緒だ。本当はもっとライトでハッピーに行きたかったはずなのにな。風が吹いて二人の髪の毛を揺らす。緊張を吐き出すように、小さく息を吐いた。
「……あのさ、ちゃん」
「はい、」
ぱちりと目が合った。この子はオレが好きで、オレもこの子が好きだ。遠慮することは何もないのだけれど、それでもやっぱり、どこか恐る恐る言葉を選んでしまう。緊張やら何やらですっかり冷たくなった指先に温かいものが触れた。彼女の手だ。なんだか許容されたみたいな気分になって、そっと指を絡める。そこから熱が生まれていくみたいに、じわじわと体温が上がっていく。呼吸が早くなる。
「……あの時は付き合いたいとかそういうのじゃないって言ったけど、」
「うん、」
「今はめちゃくちゃちゃんにキスしたい」
「……いいですよ、」
「いいの? オレがしたいって言ってるから無理してない? ちゃんは、どうしたい?」
「私……、私も、ケイトくんとキス、したい」
彼女がその言葉を最後まで発音する前に、唇を重ねて飲み込んだ。触れた部分は指先よりもずっと熱くて、甘くて、優しくて、ふわふわしてて、そのくせ時々苦くて辛い。

 日が沈みかけている。髪の毛の隙間から覗く耳が赤く見えるのは、夕日のせいだけじゃない気がする。