Somebody To Love

Bitter Chocolate

「本当に良かったのかな」
 小さく呟いて息を吐いた。数週間に他校のバンド仲間と共に記入した書類のコピーを見直している。『全国魔法士養成学校総合文化祭』との文字が踊るそのA4用紙には私の個人情報がばっちり記載されていた。私自身は魔法士養成学校の生徒ではないが、今回申し込んだステージはグループのメンバーに一人でも魔法士養成学校に通う生徒が居れば参加することができるらしい。バンド仲間が通うのは地方の総合高校の魔法士養成科のような位置付けだが、それでも特に何も問題ないらしい。記載している内容に不備も無さそうだ。それよりも何よりも私が気になっているのは、その文化祭の開催場所だった。
「賢者の島、ナイトレイブンカレッジ……」
 アプリの地図をめちゃくちゃ縮小して、ようやく私の今居る輝石の国と件の賢者の島が一つの画面に収まった。こんなにも遠いところ。行ったことのないところ。そして、
「ケイトくんもここに居るんだよなあ、」
 そう、彼がいるところ。
 バンド仲間の間で次の参加ステージを決めた時、会えることを期待していなかったわけじゃない。今も軽音部だと彼も言っていたし、もしかしたら同じステージに出演することになるのかも、なんて淡い期待さえ抱いている。だからこそ、こんな邪な気持ちで楽器を手にしてしまって本当に良かったのかな、なんて思ってしまう。いつだって音楽にも彼にも誠実でありたいけれど、時々こういう狡さが私の中からひょっこり顔を出してしまう。
 頭を悩ませているうちに、バンドのグループメッセに通知が届く。どうやら当日のパンフレットが実行委員側から送られてきたらしい。共有された電子ブックは、たくさんの写真に彩られていて華やかな紙面になっていることが印刷しなくてもよくわかる。パラパラとページを捲っていると、私たちの参加するサブステージでのプログラムのタイムテーブルにたどり着く。私たちの出番は一日目の最初。おそらく前日から賢者の島に泊まる必要があるだろう。普通に行こうと思えば公共交通機関を多く乗り継ぐ必要があるが、バンドのメンバーはきちんとその辺りを理解しているのだろうか。そんなことを思いながらプログラムを読む進め、午前の最後の演奏順に充てがわれている名前を見て深く息を吐く。
「……やっぱり、ケイトくんも出るんだ」
 そうなんじゃないかな、と思っていたし、少し期待していたから、驚いてはいない。けれど、少し、いや、かなり、緊張感が増したことは確かだ。『ナイトレイブンカレッジ 軽音部』という記述の下に並ぶ彼の名前を人差し指でゆっくりなぞる。そういえば、まだ彼に賢者の島へ向かうことを伝えていなかったけれど、彼もこのパンフレットを見ているのであればすでに文化祭に参加することはバレているのかもしれない。……バレている、というと少し人聞きが悪いが。
 マジカメのアプリを開く。一番上に表示されている彼の投稿を少しの時間まじまじと眺めてからメッセージ画面に移行する。なんでもないようなやり取りで止まっている彼とのやりとりを見直して、彼の居る学校に行くことを伝えても良いものかと頭を悩ませながらも指を滑らせた。数文字打ったところで指を止める。彼は同じステージに誰が出るかなんてそこまで興味はないかもしれないし、忙しくてそれどころではないかもしれないし、こんなこと送っても迷惑なだけかもしれないし……。
 いやこれは言い訳だ。一歩を踏み込むことができない自分を正当化する言い訳。それでも、そうだと分かっていても、たった一言を送ることができなくて、アプリを閉じてスマホを鞄にしまった。昔はもう少し大胆で恐れ知らずだったはずなのに、もっと彼に対して素直に言いたいことが言えていたはずなのに、いつからこんなに臆病になってしまったのかな。