彼女から返信がかえってきたのは次の日の昼のことだった。『元気です! ケイトくんもお元気ですか?』その一言だけ。彼女にしてはあっさりしている気がしたけれど、まあオレが送ったのがあの数文字だけだったから、こんなものだよね。改めて、自分の送ったメッセージの簡素さに苦笑してしまう。たぶんあの子のことだから、何を返すか一晩悩んで、朝起きてからもしばらく悩んで、昼休みにようやく送ってくれた、みたいな感じなんだろう。たぶん。オレもこの数文字を打つときはそんな感じだったし、そもそも自分の意思で送れてないし。
するり、とキーボードに指を滑らせる。『オレも元気だよ』『この前ずっと借りっぱなしになってたCD見つけたんだ。ごめんね、郵送して返すから住所教えてくれないかな?』それだけ打って少し思案する。久しぶりに彼女と連絡が取れたことで浮かれているのか、欲が出てしまう。住所を聞いていた一文を消して、『後で電話していい?』と付け加えた。なんだか彼女の大胆さとか行動力とかが今だけ移ってしまったみたいだ。しつこいSNSのナンパみたいと思われないだろうか、と少し不安に思うが、はダメとは言わない気がする。数分の間の後、『いいですよ』と返事が来た。楽しげな絵文字もついている。じゃあ夜に、と返して息を吐いて目を閉じる。精神力というか、なんか色々、この短い時間で削られてしまったような気がする。ユニーク魔法を使っていてもこんなにどっと疲れることはそんなに無い。彼女の返してきた親指を立てたウサギのスタンプはいつだかオレが使ったものと同じものだ。に特に意図はないのかもしれないけれど、なんだかそのウサギに妙に親しみが湧いて、そっと画面を指でなぞった。
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指先が冷える。もう少ししたら冬が来るけれど、そのせいだけではないだろう。思えばマジカメの通話機能で相手から連絡が来ることはあっても、自分から使うことなんて滅多にないから、使い方が間違っていないか不安だ。こんなに普段写真を投稿したりコメントしたりで使い倒しているのに不安に思うこともあるんだな、と苦笑が漏れる。
なんとなく、だけれど、通話ボタンは目を閉じて押した。そのまま心を落ち着かせるように瞼は下ろしたまま数回の待機音を聞いていると、「も、もしもし!」と女の子の声が聞こえる。記憶よりも声がちょっと高い気がするのは、電波を通しているせいだろうか。
「ちゃん、久しぶり〜」
「あ、はい! お久しぶりです!」
「ごめんね、突然連絡したりして」
「いえ! 連絡もらえて……その……」
「ん?」
「嬉しいです、すごく」
音声通話だから相手の顔は見えない。けれど、その声は、本当に心底嬉しそうで、なんだかホッとした気持ちになる。未だ嫌われていないということに。
それからちょっとだけ世間話をした。彼女が投稿していた動画がすごくよかった話とか、それがきっかけで久しぶりにあの頃軽音部で一緒だった部員と会ったのだという話とか、オレが勉強してる魔法の話とか、四年生になったら外部に研修に行く話とか。
そして、話がひと段落して短い沈黙が訪れた頃、「そうだ、大事なこと忘れてた」と切り出した。
「ちょっとさ、ちゃんにお詫びがしたくて」
「お詫び?」
「うん、受験の前にちゃんがインディーズバンドのCD貸してくれたの、覚えてる?」
「あっ、あの時の……」
「ごめん、オレがずっと持ってたみたいでさ、ずっと借りっぱなしになってた」
「いえ! そんな! 私も忘れてたので、全然……、お詫びなんていらないのに……、」
予想通りの返答に、ちょっと笑ってしまう。それでも、これで「はいそうですか」と電話を切るわけにもいかないし、そんなことをしたら姉に睨まれることは目に見えている。……姉ちゃんに睨まれるからこうやって電話している、というわけではないけど。オレがしたいからしてるだけ。そう思いつつ「でも、」と言葉を続けた。
「でもずっと借りちゃってたしさ、ホリデーの時そっち行くから、返すついでに何か奢らせてよ、ランチとか」
「えっ、ええ……、」
「ダメ? ダメなら郵送するから……、」
「ダメ、じゃないです、……でも、」
「でも?」
「どうしよう、私、ケイトくんと直接会ったら緊張して変なこと言っちゃうかも、」
「あはは、大丈夫、大丈夫」
たぶんオレも、彼女と顔を合わせたら緊張してしまうだろう。むしろ、電話をかける前もめちゃくちゃ緊張していた自覚はあるし、今こうして声を聞いているだけで結構緊張している。それでも、なんだか嫌な感じじゃなくて、少し心地良い緊張感。指先は徐々に暖かくなってきている。
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ホリデー中の予定分かったらメッセ送るから、と言って、その日は電話を切った。本当はその場で会う日を決めてしまいたかったけれど、一気に事を進めてしまうのは警戒されてしまいそうな気もして、ちょっと足踏みした。
よく考えたら逆に迷惑だったかな、ランチとかだとあの子の数時間を拘束することになっちゃうけど、郵送なら一瞬だし。そんな事をふと思ってしまうくらい、久しぶりに会う誰かを誘って出かけるのって誘う前も誘った後も精神力を使うんだって、知らなかった。これまで転校は何度もしたけど『前の学校の友達』と遊びに行くことなんかなかったし。そういえば部室以外の場所であの子と二人で過ごすのも初めてだから、今更ながら不安になる。
そんな風にいろいろぐるぐる悩みながらも彼女を連れていく店をリサーチする。たった一年間しか過ごしていないあの街では、カフェとかほとんど行かなかったし、こうして調べると色々新鮮だ。まあ受験生だったから当然なんだけど。そういえば、彼女の好きな食べ物や嫌いな食べ物のことを全く知らないことに気がついた。甘党なのか辛党なのかさえ謎だ。死ぬほど甘そうなチョコレートを食べていると思ったら次の日には激辛チップスをなんどないような顔で食べるような子だったし。紅茶派かコーヒー派かと聞かれると紅茶派だったような気もするけど、オレが軽音部に入部したばかりの頃はコーヒーを飲んでいる姿をよく見たような気もするから結局よくわからない。オレ自身食べ物に関しては苦手なものあるし、誘ったからには相手の好みを気遣ってあげたいけれど、これが思いの外難しい。本人に聞いてみるべきだろうか、と談話室の暖炉の前で唸り声を上げていると、すぐそばを通りかかった一年生エース・トラッポラに「ケイト先輩はホリデーに彼女とデートとかするんすか?」と問いかけられた。この後輩は相変わらずオレにガールフレンドが居ると思っているらしい。まあ確かに、女の子と出かける予定が無いわけでは無いけれど、果たしてあれは本当にデートと呼んでも良いものなんだろうか。
「さあ、どうかな〜」
「どうかな、って何なんすか」
曖昧な返事をして笑い、「エースちゃんは?」と相手の話にすり替える。
「オレはそういう予定なーんもなくてめちゃくちゃ暇です!」
「あはは、かわいそ〜、じゃあデュースちゃんは?」
「ぼ、僕!? ですか!?」
「あー、ダメっすよ先輩、こいつ絶対彼女いないもん」
「そうなの?」
「ウッ、……いま、せん、」
「ほらやっぱり!」
「エースちゃん指差して笑わないの」
「先輩も笑ってるじゃん!」
こうして笑っていると、ここ数日家族からの引っ越しの知らせをはじめに色々あったのがなんだか嘘みたいだと思う。まあ全て現実だし、久しぶりに彼女と顔を合わせる日は刻一刻と近づいてきているのだけれど。
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ついにウィンターホリデーがやってきた。あっという間に、というべきか、ようやく、というべきか。鏡の間は例年通り人で溢れているし、みんな浮き足立っている。誰もが同級生や先輩後輩と二言三言言葉を交わして、穏やかに手を振り鏡を潜っていく。そりゃもちろん、うちの寮長みたいに浮かない顔をしている生徒もいるけれど、楽しそうにしている者が大多数だ。
オレは楽しそうにできているかな、いや別に、楽しそうに見えなくても構わないか、「ホリデーは姉ちゃんにこき使われるから憂鬱だ」って公言しているし。姉の件以外も懸念事項は山ほどある。引っ越しは既に終わっているから向かう場所は前と同じ家ではない。一度も住んだことがない『実家』に帰る日が来るなんて夢にも思わなかった。それに、ミドルスクール時代の後輩に再会するという未体験のイベントも待ち構えている。諸々の不安を吐き出すように、目を閉じて深いため息をついた。そんなオレの雰囲気を『姉と会うのが嫌なんだろう』と解釈したのだろうか、隣に居たトレイが眉を下げて「大丈夫か?」と声をかけてくる。
「ケイト、お前さえよければ本当にホリデー中うちに来ても良いんだぞ」
「え〜、遠慮しとくよ、ケーキ屋でひたすら手伝させられるんでしょ?」
「まあ、それはそうなんだが、」
申し出はありがたいが、一日中甘い香りに囲まれて重労働するのか、と考えると少し……いやかなり遠慮したい。口から出てきた「忙しくない時にまた遊びに行くよ」は本気の言葉だと捉えられただろうか、それとも社交辞令を含めた冗談と思われただろうか。目の前にいる彼も本気か冗談かよくわからない冗談をよく口にするし。「わかった、また誘う、」という返事だけではよくわからなかった。
「誘ってくれてありがとね、トレイくん。よく考えたらオレやることもあるし、やっぱり家に帰るよ」
「そうか、」
CDの入った紙袋を握りしめると、カサカサと音を立てて袋は揺れる。家に帰る鏡を潜るだけなのに、なんだかいつも以上に緊張した。