スマホがメッセージの受信を告げていたことには気が付いていた。だけどその日はなんだかバタバタと忙しくて、確認するのを後回しにしてしまっていたのだ。
ようやく落ち着いて画面を開いた瞬間、時が止まる。誰もいないところで開いて良かったのか、誰かがいるところで開きたかったのか、自分でもよくわからない。
彼のことが好きだ。一目惚れだったような気もするし、好印象に思慕の念が加わったのはもう少し後だったような気もする。『ティーン』に片足を突っ込んだ程の年齢だった若い私は、愛嬌のある明るさの中に洗礼された大人びた雰囲気を持つ彼に憧れた。
恋は盲目とはよく言ったもので、私の目は、耳は、彼の全てを好意的に捉えた。今思うと、一つ年上の先輩と仲良くなれて舞い上がっていただけだったと思うことはまああるけれど、でも、優しい人だったなと思う。きっと今でも彼は優しいのだろうけれど。
友人に勧められてマジカメにギターを演奏する動画を投稿したときは、もしかしたら彼が見てくれるかも、なんて淡い期待を抱いていたことは否定できない。友人は私がギターを弾く様子を「『弾いてみた』動画って人気だから、もしかしたらバズっちゃうかも」とか言いながら撮影していたが、私は『マジカメ』というワードでいつも楽しそうに写真を撮っていた彼のことばかり考えていたし、彼の前で弾いたことがある曲をあえて選んだりした。
それでも最初の動画を投稿して数日、エレメンタリースクールの頃のクラスメイトやミドルスクールの軽音部で一緒だったアルやロペスからはコメントが届いたが、彼からはコメントどころか『いいね』すら届かない。……当然、なんの考えもなしに突然投稿した動画がバズったりするようなこともない。まあ、人生そんなにうまくいくものではないな、としみじみ思っていたのだ、つい先程までは。
もう一度、画面に目を向ける。『ちゃん、元気?』という数文字のメッセージがなんだかとても尊いものに思えて、思わず深く息を吐き出してしまう。手が震える。本人が目の前にいるわけじゃないのに、ものすごく緊張しているみたいだ。あの頃は恋に恋していただけ、だなんて、思うこともあったけれど、この一言のメッセージだけでこんなに思考がもぐちゃぐちゃになってしまうなんて、完全にまだ彼に恋をし続けているじゃないか。スマホを握りしめてへなへなとベッドに座り込む。『元気です』なんてありきたりな返事を一度打って、消した。
「なんで返せばいいかわかんないよ……、」
送られたばかりの彼からのメッセージを指でなぞる。前はどうやって彼と話していたっけ、なんだか失礼なこととか常識のないこととかたくさん言ってしまっていたような気がするが、きちんと会話が成り立っていたことだけは確かだ。たぶん。
返事を送るヒントにならないかと、半ば縋るような気持ちで、彼との過去のメッセージを見返すと、今では使わないような可愛い絵文字が多々盛り込まれていて、恥ずかしすぎて少し笑えた。彼に嫌われたくなかったし、良い子だと思われたかったし、あわよくば可愛いと思ってもらいたかった。いや、今も変わらずそう思っているけれど。
今は分別がつくようになった代わりに、大胆さがなくなってしまったような気がする。こういうところだけ大人に、理性的に、なってしまった。
ベッドに座ってじっとスマホの画面を見つめたまま、いつの間にか数十分経ってしまっていた。深々とため息をついて横になる。ごめんなさい、一晩だけ、どうやって返事をするか悩ませてほしい、なんて思いながら。
優しい彼ならきっと、そんな怠惰も葛藤も、笑って許してくれるはずだ。