Somebody To Love

I Want to Break Free

 のアカウントに動画がアップされているのを見つけたのは、リドルにマジカメの使い方を教えていた時のことだ。画面のアイコンの意味やコメントの使い方を説明しながらするするといつも通り自分の投稿フィードを遡っているとふと見覚えのあるアイコンが目に留まりスクロールする手を止めてしまった。
「動画も投稿できるんだね、」
 そう感心したように呟くハーツラビュルの寮長に「そうだね〜」とぼんやりした返事をして、その動画を凝視する。彼女はマジカメのダイレクトメッセージは普通に活用しているようだが動画や写真を投稿することは滅多に……というか全く無い。直近で複数回過去のやりとりを見返していなかったら、多分これが彼女のアイコンだとは気がつかなかっただろう。一つだけ投稿されたのは椅子に腰掛けた女性がギターを弾いている動画だった。人物の顔は映っていないし、歌っているわけではないから声が聞こえてくるわけでも無い。だが、以前の細身の体型よりも少し女性らしい体付きになってはいるが、その人は確かに本人だとどこか確信があった。細くて白い指のせいだろうか、弦を離すときにピックを持っている方の手の小指を少し動かすその癖のせいだろうか。優しげな雰囲気のその曲はテレビのCMなんかでも良く流れている有名な曲だ。暇つぶしの遊びみたいな感じでがさらりと弾いているのも何度か聞いたことがある。同じように弾こうとしてもオレが弾くとどこかぎこちなくて、いつしかマネをしようとするのをやめてしまったのだ。
「……ケイト?」
「ん? えっ!? 何!?」
 リドルに名前を呼ばれ、慌てて顔を上げる。まじまじと動画を見過ぎて不審に思われてしまっただろうか。
「具合でも悪いのかい? マジカメはいつでも大丈夫だから、体調がすぐれない時は早く休むこともハートの女王の……」
「や! 大丈夫大丈夫! ちょーっとぼんやりしてただけだから! なんだっけ、コメントの使い方?」
 心配そうに「無理はしていないかい?」と首を傾げる一つ年下の寮長に向かって、「勿論!」と笑ってみせる。そういえばあの子もオレの一つ年下で部長だったな、なんて思いながら。

♦︎

 久しぶりに長姉から電話が来たと思ったら、今引っ越しの手伝いで実家に帰っているんだけど部屋に置いてあったCDやらDVDやらをいくつか売っても良いか、という打診であった。まあ引っ越しをするのだから必要の無いものは処分するべきだし、捨ててしまうよりは売った方がお金になるから売ること自体は問題ない。が、そのCDはオレのものだから売った金を姉ちゃんの懐に入れるのだけはやめてほしい。そう念押しをしながら姉から送られてきた写真を確認する。「あんた意外と古いの持ってるんだね、これとかお母さんが若い頃くらいに流行ってたバンドでしょ」と言われ、曖昧に笑って「そだね〜」と返した。姉の言う古いCDは間違いなく、ミドルスクールの最後の一年、軽音部に居た時に中古のショップで買ったものだろう。文化祭で演奏する曲のお手本となる音源を探しにに教えられた店に行った時に「めちゃくちゃ安いじゃん!? こんな値段で売っちゃっていいの!?」とか言いながら二、三枚手に取ってレジに持っていった記憶がある。今考えるといくら安いとはいえ聞きもしないCDを何枚も買うべきではなかった。現に寮まで持ってくることなく実家に放置されてるし。
「売ってもいいけど、これはお金にならないと思うよ〜、買った時もチョコレートバーみたいな値段だったし……」
「ふーん、……あ、これもケイトの?」
その言葉と共に送られてきた写真の中にそのCDは紛れ込んでいた。思わず息を呑んでしまったから、姉は「ケイト?」と不審そうに問いかけてくる。それは紛れもなく、あの子から借りたものだ。オレもそのジャケットを見るまですっかり存在を忘れていた。インディーズのわけわかんない曲が収録されているそのCDは、他のものに比べて随分と綺麗に保存されている。正式な持ち主が所持していた時はさぞ丁寧に扱われていたことだろう。……オレの手元に来た途端この有様だったけれど。
少々言いづらいが、「あ〜、それは……借り物……、」と伝えると「うっそ、」と大きな声が返ってきた。音声通話だからわからないが、きっと電波の向こう側の我が姉は目を見開くか頭を抱えるかしていることだろう。
「返してないの? ダメじゃん。今度ママがアンタに送る荷物に一緒に入れておいてあげるから、謝罪の手紙でも添えて本人に郵送しな」
「……うん、そうだよね、やっぱり……、そうしようかな……」
「そうしようかな、じゃなくて、そうするの! 貸してくれた子は困ってないかもしれないけど、気分が悪いでしょう!」
久しぶりに姉にこういう怒られ方をした。服や持ち物の趣味にはたまに首を捻ってしまうこともあるが、それなりに一般常識がある人だ。
「手紙かあ、なんで書けばいいかな……姉ちゃん考えてよ……」
「それはアンタが自分で考えるの!」
「……ですよね〜、」
はこういうことで怒るような子じゃないと思うけど、だからといってこういうことを言いやすいというわけでは無い。情けない声を出してしまっていたからだろうか、「一応書けたら内容の確認くらいならしてあげるから」と言ってくれる姉に礼を言って電話を切った。
「まず住所から聞かないとなあ、」
問題は山積みだ。他人事なら些細なことのようにも思えるけど、自分のこととなると些細なことだと思えない。最近何度か開いたメッセージ履歴を再び眺めて、ウサギのスタンプをなぞりながらオレは深々とため息をついた。

♦︎

 母親からの食料の差し入れと共に借り物のCDが届く頃、またのアカウントに動画が投稿された。『ちゃんと返すこと!』と書かれた姉からのメモを横目で見ながらその動画を再生する。カーディガンの色と窓から差し込む陽の光の角度が同じだから、前の動画と同じ日に撮られたものなのかもしれない。流れている曲はまたオレが聞いたことがある曲だ。彼女が「この曲は簡単なコードで弾けるんですよ」とオレに教えるようにゆっくりとサビを弾いてくれたことを思い出す。が教えてくれた簡易版の楽譜は音の数が少なくてなにも考えずに弾くことができるから、受験の期間中は息抜きにとギターを手に取る時はこの曲ばかり弾いていた。今でもただぼんやり弦を鳴らしていたい時に弾いている。彼女がこの曲を選んだのはただの偶然だろうか、それとももしかして、だなんて期待してもいいのかな。
顔を出さず歌も歌わないとはいえ最初の動画は少し緊張していたのだろうか、二つ目の動画は前のものよりも少し動きが柔らかい、気がする。その動画自体ははもちろんだけれど、投稿にコメントしているアカウントとか、『いいねしました』の一覧に表示されているアカウントとかをつい見に行ってしまう。それで何にでも『いいね』したりコメントしたりするようなアカウントだったらホッとしたりして、にしかコメントしていないような奴だったら少し複雑な気持ちになったりして。こんなことしたって楽しいわけじゃないし、何か生産性がある作業というわけでもない。恋人の浮気相手のアカウントを探してるみたいな気分だ、とふと思い、彼女はオレの恋人でもなんでもないのになにをやっているんだと自嘲しながら、すでに見るのが癖になってしまっているメッセージ履歴を表示する。
「『ちゃん、元気?』……って当たり障りなさすぎ? 先にCD借りっぱなしになってたこと謝った方が良いのかな……」
とりあえず文字だけ打って送信ボタンを押すことなく深いため息をつく。

 どんなに悩みを抱えていても、朝は来るし授業は始まる。オレの悩みは、いつ殺されるか分からないとか、自分ではどうにもならない政治や金の問題とか、そんな大きな悩みではないけれど。前に「貴方の努力を他人の物差しで測ろうとしないで」と言われたことがある。それならオレの悩みだって、他人の物差しではなく自分の物差しで測って良いはずだ。オレは今絶賛悩んでいる。
スマホを片手に、自分の打ったメッセージをぼんやり眺めながら廊下を歩く。リドルに見られたら「廊下は前を見て歩くんだよ、ケイト」と言われてしまいそうだが、二年生は午前中外で飛行訓練をやっているはずだから、彼にこの様子を見られることはない。
「絵文字とかつけた方が良いのかな……、おじさんぽくならない? なんなんだよこの浮かれた感じの絵文字……」
小さくつぶやきながら文字を打ったり消したりしていたから、曲がり角から現れた人影に気がつかなかった。ドン、とぶつかってぐらりとよろめいてしまう。
「わっ、えっ、イデアくん!?」
「うわ、ケイト氏……ぶつかってしまったのは僕の不注意でござるがそもそもスマホを見ながら歩いている方が悪いのでは? ここは廊下ですぞ……」
曲がり角から現れたクラスメイト、イデア・シュラウドは不服そうに眉を顰めてこちらを睨みつけてくるから、思わず苦笑いが漏れる。
「あー、ごめんごめん、怪我とかしてない?」
「……いや、怪我はしてないけど……、」
「そっか、」
クラスが同じだから向かう教室は同じだ。目的地まで一緒に行っても良かったが、なんだか今日はそのような気にはなれず、もう一度「ごめんね!」とだけ言って駆け足で先に行こうとしたが、彼はやけにこちらをじっと見てくる。オレを、というよりも、オレの手の中のスマホを。
「……、」
「……えっ、何、」
「そ、送信……、しても良かったの……?」
「送信……?」
イデアに言われてふと自分のスマホの画面を見ると『送信完了しました♪』と楽しげなアイコンとポップアップメッセージが表示されていた。血の気が引く。眠気が吹き飛ぶ。思わず大きな声が出た。
「ッあ〜〜!? メッセ送信されてる!?! さっきぶつかった時に送信ボタン押しちゃったんだ!」
「……ケイト氏のような陽キャでもメッセを送る送らないで悩むことあるんですなあ」
「いやオレは結構色々考えて送ってるよ!? ってそうじゃなくて! どうしようイデアくん……」
「ええ〜、僕に聞かれても困るんですけど……、」
「そんなこと言わないでよ〜! その言い方だと送るかどうか迷ってたメッセを勢い余って送っちゃって後悔したことあるんでしょ!?」
「拙者は考えた上で送らないことの方が多いですし……送った後の対処方法とか聞かれても……あっ、マジカメのサーバーにアクセスして送信履歴を消すことならできるけどやります?」
「いや、いい! それはいい!」
「本当に……?」
イデアが言っているのは所謂ハッキングというやつだろうか。そんなことしたら逆に怪しすぎるし、そもそもそこまでするような事態ではない。たぶん。おそらく。
「返事が来てから色々考えよ、」
そう呟いて小さくため息をつく。隣にいるクラスメイトの「マジカメのサーバーの解析、やってみたかったな」という声は聞かなかったフリをした。