また奇妙な夢を見る。
そこではオレは二人居て、まるで双子みたいにどちらがどちらか区別がつかないのだけど、一人のオレはもう一人のオレとは全く意見が合わないのだ。
今夜のオレは何か言いたいことがあって、もう一人のオレはそれは口にしない方が良いと思っているらしい。
どちらも譲らなくて掴み合いの喧嘩になりそうになったところで朝が来て、二人はいがみ合っていたことを忘れてしまう。
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空の端が少しオレンジ色に染まり始めた放課後、部室を訪れると今日は一人きりだった。最近は部室に行くと大抵他に誰かが居たから、どこかほっとした気分になってしまう。
「ちゃん今日は一人?」
「はい、」
「そっか、こんなに静かなの久しぶりだね」
「ふふ、そうですね」
穏やかに笑う彼女は、備品の古いアコースティックギターをチューニングしていた。たまに彼女はこうして順番に部室の楽器の音を合わせている。チューニングって結局楽器を弾く直前にやるものだからあまり意味はないのだけれど、「趣味なので」と楽しそうに弦の調整をしている彼女を、咎める者は誰もいない。しばらくぼんやりとその様子を見ていたが、ふと思いついたかのように「あのさ、」と目の前の女の子に声をかけてみる。
「……あのさ、ちゃんは、部員が増えて楽しい?」
「あ、はい! ロペスくんは昔のバンドに詳しいから私の方も色々勉強になるし、アルも今はスクールの合間に部活に出てくれるし、」
「そっかあ、」
「……ケイトくん?」
できる限り普通に、世間話のように、そう聞いたつもりだ。だけど目の前のこの女の子は不思議と察しがよくて、オレに世間話以外の意図があったことになんとなく気づいてしまう。……いや、オレがこの子の前では隠し事が上手くできなくなってしまっただけだろうか。首を傾げる彼女を見て、少し自嘲気味に笑いが漏れる。
「なんか変な感じ、二人の方が後から部活に入ってきたのに、音楽のこと二人の方がよく知ってるし……いや、アルちゃんは幽霊部員だっただけで前から軽音部に居たんだけど」
「……寂しい……んですか?」
「あはは、そういうんじゃないよ、なんというか、ちょっと、言葉じゃ言い表せない感じ……?」
たぶん、前までのオレならこういう感情は隠していた。というよりも、自分で気が付かないふりをして無意識に蓋をしていた。大胆にこちらに近づいてくる割に、核心的な部分には踏み込んでこない彼女の性質に甘えているんだろうか。自分でもよくわからないけれど、この場に彼女以外の誰かが居たとしたらこういう話はしなかっただろうということは確かだ。
なんとも言えない雰囲気のやり取りの後、二人とも何も言わなくなる。この子となら、別に沈黙が続いても良いか、と思ってしまうのは、やっぱり甘えなのかもしれない。交わす言葉はぎこちなかったが、彼女の纏う空気は穏やかだ。ケースから楽器を取り出す彼女を横目で見ながら、オレも自分の荷物を下ろす。持ち運ぶ教科書や参考書が増えてきたから、ギターはしばらく部室に置かせて貰った方が良いのかもしれない。そんなことをぼんやり思いながら準備をしていると、不意に彼女が「あの、ケイトくん、」と声を上げる。
「……こういうこと言って、嫌な気分になったらごめんなさい、私、ケイトくんには卒業まで時間があったらこうやってここにギター弾きにきてほしいんです」
「……そっか、」
「……だから、ここで過ごす時間がケイトくんにとって楽しくなかったら……、なんだか嫌だなって、」
目を伏せた彼女の髪の毛が、窓から吹き込んできた風で揺れる。本当に、お人好しというか、お節介というか、反面煙に撒くのが上手いというか、なんにしても不思議な子だ。強制はしてこないけれど、どこか強引さがある。正直面倒臭い。でも、こういうのは面倒だから放っておこうとは思えないくらい、いつの間にか、彼女のことが……。
いつかのアルとの会話を思い出す。『のことが好きでしょう?』だなんて、今考えると直球すぎる問いかけで少し笑ってしまう。今でもその問いかけにどう答えれば良いかはわからないけれど、この子ができる限り悲しい気持ちや嫌な気持ちにならないように、丁寧に言葉を探してしまっていることは紛れもない事実だ。
「……じぁあ、さ、ちゃん前みたいに教えてよ、音楽のこと。あの二人には内緒で。……オレ文化祭で演奏した曲くらいしか知らないし、」
それで折り合いがつくと思っているわけではない。ただ、ギターを弾く以外にも、ここに来る理由を、彼女と2人でいる理由を作りたくなってしまった、それだけだ。けれど、そうやって頼むと、彼女は嬉しそうに目を細めて何度も頷いてくれた。
「はい! 勿論! CDたくさん貸しますね! あっサブスクで探した方が良いのかな……、ケイトくんはどういう曲が好きですか? 明るいのとか、切ないのとか、」
「うーん、インディーズの、わけわかんない曲がいいかな、歌詞が頭に入ってこないようなやつ」
「……難しい注文ですね、」
「勉強中に聞きたいからさ、曲の歌詞がわかると本とか読んでてもそっちに集中しちゃわない?」
「確かに……」
彼女はふふふ、と笑う。決してオレにとっての大正解ではないけれど、ちょっとだけ気分が上昇したから不正解ではないことだけは確かだ。