また奇妙な夢を見る。
そこではオレは二人居て、まるで双子みたいにどちらがどちらか区別がつかないのだけど、一人のオレはもう一人のオレとは全く意見が合わないのだ。
今夜のオレは音楽をやりたくて、もう一人のオレはそんなものは無駄だと考えているらしい。
どちらも譲らなくて掴み合いの喧嘩になりそうになったところで朝が来て、二人はいがみ合っていたことを忘れてしまう。
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次の日の放課後、そのまま下校しようとするオレを呼び止めたのは、予想通り、たった一人の軽音部員・だった。
「ダイヤモンドさん、お話が」
「……それ、今日じゃないとダメ?」
「今日はお忙しいんですか……?」
「いや、忙しくはないけどさあ、」
頭を抱えるオレの横を通りながらクラスメイトが「ケイト、早速後輩の彼女つくったの?」と声をかけてくる。
「まだ彼女じゃないよ〜〜、……で、話って? ここじゃできない話?」
「……えっと、できれば、ゆっくり部室でお話しできたらなって……お菓子も用意しましたので……、」
そう言って彼女がカバンから取り出したのはカラフルな包み紙。めちゃくちゃ映えそうなパッケージだけど、死ぬほど甘そうだから自分では手に取らなかったやつだ。写真だけ撮らせてもらってさっさと帰ろう。ふう、と息を吐き、「ちょっとだけならいいよ、」と笑いかけると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
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相変わらず賑やかな文化部棟は会話をするのに最適とは言い難かったが、温かいコーヒーと華やかなお菓子があればまあそれなりの雰囲気になるものだ。「紙コップですみません、」と彼女は申し訳なさそうにしていたが、誰が前に使ったかわから ないカップを出されるよりその方がずっと良いからにこやかに笑って差し出されたそれを受け取る。
「えっと、昨日は強引に勧誘してごめんなさい、」
「あっ、強引だったって自覚あったんだ……」
どうやって断ろうかと頭を悩ませていたからか拍子抜けした。これは思っていたより早く話な決着がつくかもしれない。とりあえずその前に、ここにきた目的を完遂しておこうと机に並ぶクッキーやチョコレートに目を向ける。
「ねえ、このお菓子写真撮っていい?」
「あっ、はい、どうぞ!」
「ありがと〜、ハッシュタグは、『#新商品ゲット♪』『#期間限定』で良いかな〜、」
「それで、一晩考えたんですけど、多少強引ですがやっぱりダイヤモンドさんには軽音部に入ってもらいたいなって……、」
「うんうん! オレもそう思って……ん?」
予想とは違う言葉が続いて思わず画面から顔を上げてしまう。手がシャッターボタンに触れて、スマホはあらぬところを写真に収めた。動揺するオレを尻目に彼女は言葉を続ける。
「ダイヤモンドさんに最初に教えたのFのコードなんです、これが押さえられなくてギターをやめちゃう人もとっても多い」
「……そうなんだ」
「私が一曲弾く間、そのコードをずっと押さえ続けることができるのって、結構すごいことなんですよ」
ホリデー明けの文化祭までで良いので、と彼女は頭を下げる。文化祭できっと新入部員も部に入ってくれるはずだ、と。そんな彼女の様子をじっと見て、壁に並ぶ楽器に視線を移す。正直、彼女の言葉に心を惹かれたわけではないが、他に入りたい部活があるわけでもない。たった二人だと何かと面倒だと思っていたけれど、文化祭までの短い期間教師からの『部活に入れ』という圧を躱すための隠れ蓑としてであれば悪くないかもしれない。そのころにはきっと受験とか就職準備とかで最終学年はみんな部活を引退しているだろうし、オレが悪目立ちすることもないだろう。
「いいよ」
「本当ですか!?」
彼女の方から言い出したことなのにめちゃくちゃ驚いているから思わず笑ってしまう。
「なんでそんな驚いてんの、」
「だって、ダイヤモンドさんあまりノリ気じゃなさそうでしたし……断られるのかなと思ってたから……」
「まあ、どうやって断ろうかなとも思ってたけど……」
「でも嬉しいです……! ありがとうございます!」
「……どーいたしまして」
彼女はまた嬉しそうに笑う。消去法みたいな形で選んだことに対する罪悪感、とかは特に無いけど、なんだか居た堪れない気持ちになって思わず目を逸らしてしまった。
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人数の少ない軽音部だから好きな時に活動して好きな時に休んでいるのかと思っていたがどうやらそうではないらしい。
「火曜日と木曜日は先生が早く帰るから部室の鍵が借りられないんです」
そう言う彼女に「なるほど」と頷き返す。顧問の先生の監督が無い日は生徒は遅くまで校内に残っちゃいけませんってやつだ。
「でも他の日は十七時半までなら自由に使って問題ありません。楽器の練習しても良いですし、テスト前はここで勉強したりもしてます。鍵は授業が終わったらすぐ私が開けるので、放課後はいつ来ても大丈夫ですよ」
その言葉通り、部室が空いている曜日はいつも放課後ふらりと部室に行くと彼女がギターを弾いていたりテキストを広げていたりした。お菓子は毎日あるわけではなかったが、『映える』被写体は無限にある。楽器の写真を何枚か撮って、マジカメにアップして、彼女と二言三言会話して、適当にギターの練習をしたり、蓄音器だとかカセットプレイヤーだとかの昔の機器を触ってみたり、時には彼女に宿題を教えたりして、日が沈む頃にそろって部室を出る。その繰り返しだ。思ったより面倒な感じになっていなくてホッとする。部活なんかでストレス抱えてたらやってられないし。
学校生活における面倒ごとは勉強も部活ももちろんそうなのだが、色恋沙汰も大層面倒だ。とはそういう内容の話には一切ならず、音楽の話とたまに課題の話をするくらいで、彼女がクラスにちゃんとした友人がいるのかさえよく分からなかった。けれど、クラスの女子は過去に付き合った女の子の話や今好きな子はいるのかという話をやたらと聞きたがった。その度にオレは「二、三人?」とか「いるといえばいるし、いないといえばいないかな〜」と適当に受け答えする。嘘は言ってない。告白されて女の子と付き合ったことは何度かあった。向こうから告白してきたはずなのに「私のことそんなに好きじゃ無いよね」と別れを告げられ、そのうちオレが転校して疎遠になって、ってパターンばかりだったけど。過去に付き合った女の子達にしても、今のクラスメイト達にしても、彼女たちが言う『ただ一人が好き』という感覚がオレはよくわからない。強いていうならみんなが好きだしみんなが嫌いだしみんながどうでも良い。それじゃだめかな。
そんなクラスメイトばかりだから、「ケイトって軽音部の子と付き合ってるの?」と聞かれるようになるまで時間はかからなかった。最初は違うよ〜と笑って受け流していたけど、次第に否定するのが面倒になってきて、なんだか面倒になってきて、「ん〜、どうかな」だなんて曖昧な返答を返すようになった。付き合っている相手がいると言う噂が広まれば告白してもいない誰かにフラれるとかいう結構不愉快なイベントに遭遇しなくて済むし。改めてまじまじギターを弾く彼女の顔を見ると、まあ可愛らしい顔をしてると思うし。
じっと見てるのがバレたのか、彼女は長い髪を揺らして「ダイヤモンドさん?」と首を傾げる。どうせだからもう少しだけ『それらしく』振る舞ってみようか。
「……あのさ、その『ダイヤモンドさん』っていうのやめない?」
「き、急ですね、」
「なんか堅苦しいしさ〜、『けーくん』って呼んでよ」
「えっ、それは流石に……、一応先輩ですし……」
そうやって戸惑うのは彼女の真面目故か、頑固さ故か。まあどちらだとしてもオレにはあまり関係ないけど。
「軽音部歴は君の方が長いでしょ、ほら、オレも『ちゃん』って呼ぶし」
ね? と首を傾げて見せると、彼女はしばらく困ったような唸り声を上げた後、「……じゃあ、……ケイトさん、」と小声で呟く。でもそれじゃ満足できないから、「『けーくん』、」と繰り返す。
「……ケイトくん、」
「……んー、まあ今はそれでいっか」
改めてよろしくねちゃん、と笑いかけると、彼女は不思議そうな表情をした。オレがやりたいことがよくわかっていない様子の後輩であり先輩である女の子見て、オレは目を細める。こういう真面目だけど素直な子を相手にするのは楽だ。そういう意味では、なんだかんだ、軽音部に入ってよかったかもしれない。