先生の横に呼ばれて、みんなの前へ出る。そこに並ぶ表情は、興味と、好奇心。オレは誰からも愛されるような笑顔を作って「よろしくね」と挨拶する。いつも通りだ。何度も繰り返されてきた。引越しも、転校も、友達作りも。
退屈だけど平穏で、誰も知らないけど知っている、
彼らにとっては転校生は珍しい存在だとしても、オレにとって新しい学校も新しいクラスもそう珍しいものではなくなってきていたし、そりゃ良い学校悪い学校色々あるけどやることは何度繰り返しても同じ。クラス内のカースト順位の判別の方法も、その上から二番目か三番目くらいのグループの子達に話しかけていれば仲良くしてもらえるし色々教えてもらえるってことも、いつもの繰り返しで自然と学んだ。たぶん今回のクラスは後ろの席の栗毛にそばかすの彼がそれに該当するはずだ。「お昼いつもどこで食べてるの? オレも混ざって良い?」
栗毛の彼が笑って頷く。まずは第一ステージクリア。イージーモードすぎて笑いが出てきた。
ファーストネームで呼んでよ、と言うと転校生と仲良くなりたくてたまらないのであろうクラスメイトたちは素直にそう呼んでくれた。「あ、『けーくん』でもいいよ☆」という一言はスルーされたけど、これも想定内。最初はこのくらいの距離感がちょうど良い。……距離感が縮むまでここにいるのかはわからないけれど。それに、自分から間口を広げておけばそれ以上に踏み込まれることは殆どない。だから初対面のうちに見せられる手の内は最初に見せることにしておくんだ。「そーやってみんなに好かれるように振る舞うの、ダルくない?」と耳元でもう一人の自分が囁く。そりゃまあ、楽じゃないけどさ、こうしておいた方が後から色々やりやすくて楽なんだよ。たぶん。
全てが順調……のように思えたが、ランチの最中に彼らから聞いた話だけは少しだけ想定外だった。
「部活?」
おうむ返しに問いかける俺にパックのカフェオレを飲んでいた栗毛くんは「うん、」と頷く。甘ったるい匂いに顔を顰めそうになるのを少し堪えた。
「そう、何部に入るのかなって思って。ケイト、前の学校では何やってたの?」
「スポーツやってそ〜」
「……あ〜、前は写真部だったんだけど、ほぼ幽霊部員みたいな感じになっちゃってたから今回は帰宅部にしようかな、って思ってるんだけど……、」
そこまで言うと栗毛くんと、彼と仲良しの灰色の目をしたクラスメイトは顔を見合わせて「えっ、」と声をあげた。
「えっ、なになに!? オレ、何か変なこと言った?」
「いや、そっか、転校してきたばっかりだとわかんないよな。うちの学校さ、基本部活所属必須なんだよね」
「まじか、そういうパターン?」
「いやでも、俺達もう最終学年だし、引退までの数ヶ月だけ参加なんて面倒だし、というか進級前に受験を理由に退部してるやつも結構いるし、帰宅部でも許されるんじゃない?」 「……そうかな〜、そうだといいけど、」
想定外の事態だ。栗毛くんと灰目くんの「人が足りない部の部員たちは転校生がいるって聞いたら教室まで勧誘しにくるんじゃない?」「あー、文化部とかあるかもな、人数欲しいとこ」という会話をぼんやり聞きながら、入るつもりじゃなかった部活のことまで考えなければならない未来に少し頭を抱えた。
♦︎
たまに奇妙な夢を見る。
そこではオレは二人居て、まるで双子みたいにどちらがどちらか区別がつかないのだけど、一人のオレはもう一人のオレとは全く意見が合わないのだ。
今夜のオレは新しい学校で早く友人を増やしたくて、もう一人のオレは誰とも関わることなく一人でいたいらしい。
どちらも譲らなくて掴み合いの喧嘩になりそうになったところで朝が来て、二人はいがみ合っていたことを忘れてしまう。
♦︎
身構えてはいたけれど運動部からは一切誘いの声はかからなかった。少し肩透かしだったがまあわかる。引退間近の今ここで最終学年の部員を一人増やしても人間関係とかこれまで培ってきたチームプレイとかがめちゃくちゃになるだろうし。レギュラーに入れるとしても入れないとしても転校生という存在は厄介だ。対して、文化系の部活からはクラスメイトたちの予想通り、『転校生』の教室まで直接部員が「うちの部に入らないか」と誘いに来た。合唱部とボランティア部。どちらも学年に関係なく人数は多ければ多いほど良いらしい。……だけどまあ、正直どちらもあまり興味はない。映えるか映えないかでいったら、映えない方でしょ、どっちも。
とはいえ、入部必須ならば選ぶのは文化部だ。汗かくの疲れるし。担任からは「最終学年は偏差値の高い学校への入学を目指す者であれば部活が免除される場合もあるが〜」という曖昧な言い回しで暗に何かしらの部に入れと通達されてしまったからには、入部を検討する『フリ』くらいはしておかなければ何かとうるさく言われるだろう。オレはそれなりの学校にそれなりに進学してそれなりに就職できればそれでいいし。
そんなわけで、とりあえず各部の様子だけでも見ておこうと訪れたのが、文化部の部室棟だ。グラウンドのすぐそばに建てられた古めの校舎はあちこちに写真や絵画が展示がされていたり、調子外れのラッパの音が聞こえたり、どこかで何かを焼いているような匂いがしていたりと想像以上に賑やかだ。部室練と呼ばれているからプレハブのような建物を想像していたが、かつては授業で使っていたような古い教室がそのまま部室になっているらしく、レトロな黒板や水道が至る所に残っている。
「思ったよりなんでもあるな〜、給湯室も古いけどしっかりしてるし……バルコニーまであんの!? すご〜、めちゃくちゃ映えじゃん、『#いい天気』『#レトロな校舎』って感じ?」
一人呟きながらルーフバルコニーのような小さな屋上に続く引き戸をがらりと開けると心地よい風が吹いた。「おじゃましま〜す」と小さく声をかけながら足を踏み入れたそこは、サイエンス部が育てているらしい野菜の鉢植えがずらりと並んでいる他には誰もいないようだ。今日は天気も良いから美術部が絵を描いていたり吹奏楽部が練習をしていたりするかもしれないと思ったがそうでもないらしい。
グラウンドから運動部の練習する掛け声が聞こえてくる。すぐそばで練習している野球部の姿も見える。金属バッドに打たれたボールは風に煽られてよく飛んだ。やっぱりオレはあの中に入るよりこういうところから眺めている方が向いている。しばらくその様子を見ていると、少し体格の大きな部員の打ち返したボールがあらぬ方向へと飛んだ。パワーはすごいけどめちゃくちゃノーコンだ、と笑う間も無く、ボールはこちらへ勢いよく向かってくる。
「危ない!」
叫び声の後、気づけばオレは開けっ放しになっていた引き戸から飛び出してきた女の子に手を引かれて校舎の中にもどってきていた。先ほどまでオレが居た場所ではグラウンドから飛んできたのであろう野球ボールが転がっている。一歩間違えたら脳震盪になっていたかもしれない。少しゾッとする。手を引いてくれた女の子に「オレの不注意でごめん、ありがとね」と声をかけると「こちらこそ、急に引っ張ってすみません」と深々頭を下げた。
「たまたま通りかかってよかった……、ここは野球部のボールがたまに飛んでくるから危ないんです、文化部練をあまり使わない人は知らないかもしれないですけど……」
「あー、なるほど、オレ転校してきたばっかりだから、校舎内のことよくわかってなくて……ネクタイ緑色だから一個下の学年の子だよね? 名前なんて言うの?」
いつも通りにこやかに彼女に笑いかけると、目の前の女の子はぱちぱちと瞬きして「転校……?」とオレの言葉を繰り返し首を傾げる。
「そうそう、だから、どんな部活があるのかなって見学してたわけ」
「えっと、じゃあ、まだ部活決まってないってことですよね?」
「あ、うん、そうなるね」
頷いて、今からどこか見学できないかなと思ってるところ、と答えると、女の子はぱあっと表情を輝かせた。
「あのっ、じゃあ! 軽音部! どうですか!?」
「軽音部……?」
大人しそうな彼女の印象とは少し異なる部活の名前に、今度はオレの方が思わず目を瞬いてしまう。そんなオレの表情をどのように捉えたのか、長い髪の少女は穏やかに笑った。