「ほーんと、散々な目にあったよねえ」
苦笑しながら紅茶を淹れるケイトにリドルは「まったくだよ」と返し小さくため息をつく。普段と違う香りがする茶葉に思わず香りを深く吸い込むと、先程までゴーストの平手で硬直していた彼は「今日はスカラビアのカリムくんに貰った茶葉を使ってるんだよ」と笑う。確かに、漂う香りはどこか異国情緒の漂う不思議な香りがする。
「そういえば、もう頬は痛くないのかい?」
「ああ、そういえば! お姫様とチャビーが結ばれたら痛みも引いたみたい。ゴーストの力って不思議〜」
そう言いつつケイトは自分の頬を撫でる。確かに、くっきり残っていた手型は既に跡形もなく消え去っているから、リドルは思わず関心のため息を漏らす。
「それはよかった。君も紅茶を淹れることができたし、一件落着だね」
「ほんとブレないなあ! まあ、色んなところに色んなダメージを残して行ったけどね、あのゴーストたちは」
「確かに、……それにしても、まともなプロポーズができる人間が一切居ないだなんて、思わなかったよ」
「そうそう、みんな本当に面白かったなあ! トレイくんの歌も……」
「トレイがなんですって!?」
ケイトが先程のトレイの歌の話をしようとすると、二人の穏やかな空気をかき消すように、女の子の高い声が静かな談話室に響く。振り返るとハーツラビュルの廊下に飾られている絵画の空中ブランコ乗りの少女・が、談話室の風景画の真ん中で信じられないという表情をしていた。入学したてのころのリドルはあらゆる絵画の中を渡り歩く彼女を見て素直に驚いたものだが、今となっては慣れたものだ。三年生のケイトもそれは同じらしく「こんばんは、ちゃん」と笑顔で手を振っている。
「……、いつから聴いていたんだい?」
「最初からよ! ねえリドル、彼がゴーストにプロポーズしたって本当?」
今にも額縁を掴んでゆさゆさと揺さぶり始めそうな勢いの彼女に半ば呆れつつも「本当だよ」と答えると、は芝居がかった仕草でへなへなと座り込む。
「ああトレイ、なんてこと! 私というものがありながら他の女に求婚だなんて! きっとゴーストに誑かされたのね! 奴らいつもそうだわ! 人の話を聞かないし、自分たちのことしか考えていないし、かわいそうなトレイ……!」
「うーん、俺からすればちゃんも似たようなもんだと思うんだけどねえ」
さめざめと涙を流す彼女になんと声をかければ良いのかわからないからとりあえず隣にいるデリカシーのないことを言う三年生を「ケイト、」と咎めると、彼は「はは、分かってるって、……とはいってもちゃん俺のいうことあんまり聞いてないみたいだけど」と苦笑する。
「トレイはどこにいるのかしら、まだゴーストに捕まってるの? 大変! 私が助けに行かないと!」
「……うーん、……しばらく絵のある廊下は通らない方が良いってトレイくんにマジカメのメッセ送っとこっか、」
「……うん、そうだね、それがいい」
絵画の少女の嘆きを聞き流しながらリドルはまた紅茶に口をつける。深く甘い不思議な味わいは、天に召されたゴーストの夫婦のようであり、恋に浮かされた空中ブランコ乗りのようでもあった。