ハーツラビュル寮の廊下にサーカスの空中ブランコの様子を描いた絵画が飾られている。俺が入学したときにはすでにそこにあったからいつからここにらあるものなのかはよくわからないが、一つだけ確かなのは、この絵に描かれている空中ブランコ乗りの女の子は……。
「聞いてよケイト! トレイったらせっかく私が大技決めたのに全然見ていなかったのよ! 失礼な人だと思わない!?」
「うんうん、だからごめんって、」
「トレイくんまたやってるの?」
「ああ、悪いなケイト、いつもなら遠回りするんだが、朝なら寝てるかと思って油断した」
「油断したって何!? というか、最近姿を見ないと思ったら、私の前を通らないようにしていたのね! ひどい人!」
そう、賑やかにキャンキャンと吠える空中ブランコ乗りの女の子はこの寮の副寮長トレイ・クローバーのことが大好きだ。
それはもう、なんというか、ちょっと鬱陶しいくらいに。たぶん彼女はこの寮の生徒全員のことを好いているのだろうとは思うけれど、トレイのことだけは別格だ。やたら彼に構いたがるし、彼が前を通るたびに自慢の技を披露したがる。……たぶんトレイは少し迷惑がっている。
「見ててねトレイ! 次はもっと高く飛ぶから!」
「いや、『見ててね!』じゃなくて、俺はそういうのは求めていな……ああ、もう……」
ゴーストにしても、絵画にしても、話が通じるのに通じない存在がこの学園には多すぎる。トレイの制止を全く聞かず、サーカス団の少女は梯子を駆け上がった。
そうして彼女は高く飛び上がる。風のように、空に向かって、宙返りして、勢いよく地面に向かって……、
グシャッという音も、血の匂いもしなかった。それでも鮮やかな赤と不自然に曲がった彼女の手足ははっきりと額縁いっぱいに映し出されている。
「……落ちちゃった」
「落ちたな」
「これで何回目?」
「二年になる前に俺は数えるのをやめた」
「はは、ウケるね」
俺は全くウケない、とトレイは深々ため息をつく。地面に落ちて行った彼女は、昼前か、遅くても夕方には元通りだ。なんと便利な身体をしてるんだろう、絵画に生きる人物とは。やれやれ、と俺も苦笑してこちらに近づきかけている一年生たちに声をかける。
「あー、一年生ちゃんたち、朝からグロ画像見たくなかったら今はこの先の廊下通らない方が良いかも」
あと落ち込むトレイくんも、と付け加えるのはやめた。本来の性質が繊細なのか豪胆なのか、三年間同じ寮で過ごしてもよくわからないけれど、少なくとも毎回彼女が地面に落ちるたびにちょっと気を落としているんだ、彼は。