が三日月と話をした後、縋るような思いで向かった村の出入り口にはいつの間か高い塀ができており、固い蔓と金属の鎖が巻きつけられていた。常人であれば簡単には村から出ることができないだろう。当然、審神者の霊力を練りこんで誂えたものだ。がそのことを知るすべはないが。この塀と鎖のせいで、村人全員を連れて逃げ出すことは勿論、一人で逃げることすら叶わなくなってしまったのは確かだ。
宴会はそろそろお開きの時間らしい。片付けのため会場に戻る間も戻ってからも、はずっと思い悩んでいた。三日月宗近の言葉が嘘だとは思えない。だが、その言葉を直接聞いた本人は兎も角、村の者達は『お侍様が村を焼こうと企んでいる、村から出ることもできない』『井戸水を汲み上げておこう』『体力のあるものは塀を乗り越えて近くの村から助けを呼ぼう』などと言っても誰も信じてはくれないし賛同もしてはくれないだろう。月の名を持つ彼も「このことは秘密だ」と微笑んでいたから、村人達の前で村を焼く計画の話などしてくれる訳がない。であれば、火をつけられた時は一人でなんとかするしかない。……本当に?一人でそのようなことができるのだろうか。
「、顔色が優れないが、大事無いか?」
「……若旦那様、」
酒樽を片付けながら考え込んでいると、地主の息子が心配そうに声をかけてきた。……ひょっとしたら、彼なら共に三日月様に頭を下げてくれるのではないだろうか。
「何かあるならば、私に言えば良い。話くらいなら聞けるからな」
「若旦那様、実は……、」
少し離れたところに移動して、地主の息子に全て話した。山の奥の異形、一太刀で化け物を倒してしまった武人達、彼らが話していた村を焼く計画、逃げられぬよう施された塀……。地主の息子は、時々支離滅裂になるの話を黙って聞いていた。これならば協力してくれる、はそう思ったものの、彼の反応は期待を大きく裏切るものだった。
「実に興味深い話だ。、それはどこの国の御伽噺だ?」
御伽噺、確かにそう思われても仕方のないような話だ。……それでも、これは事実に相違ない。は必死で地主の息子に訴える。
「いえ、あの、若旦那様、御伽噺ではなく……、」
「それにしてはあまりに突飛な話だ、山奥の化け物など……」
「確かに、化け物の話は信じられないかもしれません……、でも!お侍様方がそのようなことを話していたことは確かで……!」
そう、危惧すべきは山奥の異形のことばかりではないのだ。むしろ、それらを倒して村に来た彼らの方が……。
「あの方々にも何か考えがあるのだろう。その話も武士の方々にしかわからない隠喩のようなものかもしれん。、お前のその心配は杞憂というものさ」
どんなに訴えかけても、彼に本当の意味では届かない。こんなに話の通じない人だっただろうか。このままでは埒があかない。は小さく息を吸い込んだ。
「……例えそれが村の危機だとしても、見過ごせというのですか!?」
「村の危機など無い、そう言っているだろう?」
「若旦那様!」
声を荒げても結果は変わらない。どうして、こんなにも村人達皆の危険が近くに迫っているのに……。
「、私にはお前の話が俄かには信じ難いんだよ。あのお侍様に何か嫌なことをされたからそのような嘘をついているのでは、と思ってしまう」
「ちがう、ちがうんです、」
「ほら、何をされたんだ?遊女のように扱われたか?無理矢理組み敷かれて体を暴かれた?それとも、」
通信越しに話を聞いている俺でさえ眉をひそめるくらいだ、彼女にとっては屈辱的だったのだろう。そのようなことをされたから、彼らのことを悪く言っているのだと思われることが不快でたまらなかったのだろう。己の身を好き勝手に遊女のように扱っている相手にそのようなことを言われる、画面を通しても彼女の目に涙が浮かんでいることはすぐにわかった。
「そんな、そんなことはされていません、私はただ、」
「ただ、なんだ?お侍様方に何もされていないのであれば、折角のお客様に無礼な口を利いて、村を混乱に陥れようとして、私たちをどうするつもりだ?」
「そんなつもりは……!」
そんなことをするわけがない、むしろ村を守りたいとそう思って彼にこのように相談しているのに。そのようなの思いは通じることなく、地主の息子はさらに残酷な言葉を続ける。
「、こういうことを言いたくはないが、そのように村を乱すようなものをここには置いておけない、……村を出てもらわねば」
「嫌……嫌です……違うの……、分かって……、」
「本当に村を出て行くのであれば、あのお侍様方に頼むと良い。明日私からも頼んでおこう。手を出されていないのであれば平気だろう?その若さであれば、慰み者としてその身を買ってくれるだろうさ」
それだけ言い残して、好いている彼は部屋を出て行った。彼を頼ることはできない、他に相談する人もいない。途方にくれた村娘の表情は諦めの色が濃くなっていた。
空に浮かんでいた三日月はすっかり沈み、星明かりも殆ど見えない、そんな夜更けだ。片付けを終わらせた村娘達は各々の家に戻っていく。も食料庫の鍵を金庫に返せば仕事は終わりだ。思い悩みながらも掃除と皿洗いを終わらせた。勿論、両親のいない彼女は家に帰ればひとりぼっちだ。寝ている間にこの身が焼かれてしまうかもしれない。怖い、帰りたくない、一人になりたくない。人が居る屋敷から離れたくなくて、のろのろと板張りの廊下を歩いていると、地主の息子と、彼の家の丁稚の話し声が聞こえて来た。どうやら縁側で酒を飲み直しながら話をしているようだ。先ほどあの様なやり取りをした相手だ。見つからぬように顔を合わせぬように帰ろうと早足になりかけたが、自分の名前が聞こえて思わず足が止まる。
「良かったんですかい?若旦那。のやつ、若旦那に惚れてますぜ。あの様子だと三日月様に殺されるか、喰われるか、どちらかですぜ」
どうやら、先程のと地主の息子との問答について話しているらしい。盗み聞きをしたいわけではないが、も思わず聞き耳を立ててしまう。
「盗み聞きをしていたのか?」
「すいやせん、そこを通っていたら聞こえたもんで、」
「まあ良い。……あの小作の娘、生娘ではないのに大騒ぎしすぎだとは思わないか?」
「は、あの娘、未通女ではないんですかい?」
「言ってなかったか?一時期あの娘はやけに無抵抗だったからな、随分前に抱いた。その後は私に惚れたのか素直になって助かったよ」
「ははぁ、それはそれは。さすが若旦那様、小作娘の扱いを心得ていらっしゃる」
「ふふ、顔が良い女を抱くのは悪い気はしないからな」
「ならば尚更、止めた方が良かったんじゃ……、」
「私は山の向こう村の地主の娘との縁談がある。いつまでもあの娘に構っているわけにはいかないからな、ちょうど良い機会さ」
「縁談……、ですか、」
「たいそう美人で財力もあるが好いた相手が他の女と話しているのを極端に嫌う嫉妬深いお方だそうだ。村娘に好かれていると知られもしたらおそらくこの縁談は破断。……アイツの存在は邪魔になる」
「じゃあ、若旦那、あの娘は……」
「……お侍様に殺されれば後腐れはない。殺されずとも彼等に付いて村を出て行くならば、止めはしない。私はどちらでも構わないさ」
「はは、若旦那も人が悪い」
「頭が回ると言ってくれ。そのうちこの家を背負う男だから、それくらいでないと、な」
取り落としそうになった荷物をなんとか抱え直して、は走り出す。足が地面に付いている気がしない。身体が勝手に動いて、冷静な自分がどこか遠くでそれを眺めているようなそんな心地でいるようだ。
そうか、初めから彼に私を助けるつもりはなかったんだ。それどころか不要になった私を武人達に売るつもりだった。
迫り来る異形、炎に包まれる村、彼の冷たい目線、顔も知らない縁談相手、きっと私はもうこの村にいてはならない。
誰も味方になってくれない、誰にも話せない。少女は溢れ出す涙を拭い、ぐっと上を向いた。