「少し困ったことになったね」
寝床として与えられた家屋で石切丸は小さくため息をついた。
先程、宴会をこっそり抜け出して、村中に結界を施した。これで誰一人村の外に出ることは叶わないだろう。……これであとは、村に火を放つだけだ。
審神者は風呂に入れない代わりにと桶と手拭いを抱えて奥の部屋へ。小狐丸はその見張りを、と彼女について行った。三日月宗近は宴の中いつのまにかふらりとどこかへ出掛けてしまったため、今囲炉裏の周りには石切丸と髭切・膝丸、そして鶴丸国永の4振り。
彼女が、村人との宴会中も泣き出したり哀れむような表情を出さぬよう気を張っている様子は手に取るようにわかった。波が来るたびに隣に座っていた小狐丸の着物の裾をきつく握りしめて堪えていたためか、黄色い着物の袖はしわくちゃになってしまっている。
そんな憂い嘆きを必死でこらえている彼女の居るところで、このようなことはとても言えないが、今回の任務は石切丸にとっても気の進まない任務だ。
御神刀として祀られていた時期が長く戦があまり好きでらないからそのように思うのか、それとも、刀剣男士として肉体を得てから暫く経ち己が人の身に慣れたからか。そんな彼に対して、顕現したての武人の刀である髭切膝丸は、村を燃やすことに躊躇いがない。
「どうして?中の状況が分かって良いじゃないか」
「兄者の言う通りだ。村の大まかな人数だけでなく、男女比や実際走って逃げることが出来そうな者の人数も把握できていた方がやりやすい」
と、村に入り込めて好都合だと捉えているようだ。それも刀剣男士としての在り方の一つだが、石切丸はそのように割り切ることはできない。そんな御神刀の表情に気がついたのか、鶴丸国永は「まあまあ、」と嗜めるような声を上げる」
「……そういうことではないのさ、ご両人。俺も石切丸ほど長くこの本丸に居るわけではないからはっきりそうだとは言いきれないが、どうやら俺たちの主は敵にしろ無関係な一般人にしろなるべく殺したくないと思いながら戦の将をしているようでね」
白い太刀の言葉に石切丸も「ああ、」と続ける。
「これから殺す人間の顔や性格を知ってしまったら尚更、手にかけ辛いものだよ」
「……なるほど、さっきから主が不安そうな顔をしていたのはそういうことだったんだね」
戦に慣れたくはないものだ、と思う。戦ばかりしているとわからないことだらけになってしまう。人の心も、優しさも、張り詰めた空気を和ませる方法も。
「まあ、主のことについては私や小狐丸がうまく支えるから……」
そう口にしながら、今はここには居ない、戦にも人の身にも慣れた一振りを思う。彼はいったいどのような思いでこの任務に挑んでいるのだろう。
と、考えていると他のものたちも彼のことが頭をよぎったらしく、「そういえば」と口を開いた。
「姿が見えない彼はどこへ行ったんだろうね」
「そうだ、三日月殿はどこだ?」
「宴の時に席を立ったのは見たが……」
きょろきょろと窓の外の様子を伺っていると、聞き覚えのある小さな足音と摺足の音が近づいてきて「三日月さんですか?」と柔らかな声が問う。
「村の方と、お話しされているみたいです」
「主……、」
村に着いた時よりも少し楽な服装に着替えた主を、近侍の小狐丸が囲炉裏の側へ導く。普段は「ありがとう、」と穏やかに笑う場面であるが、今夜の彼女は硬い表情のままだ。加えて、何かここにいる刀剣男士達に言いたいことがあるようだが、うまく言葉にできずにいるようで、パチパチと揺れる囲炉裏の火をじっと見つめている。そんな彼女の気持ちを分かっているのか、小狐丸も何も言わずに控えている。ゆっくりと、将が口を開いたのは暫く時が経ってからだった。
「石切丸さん、少し聞きたいことが、」
「私、かい?私でよければ、いくらでも」
「……ありがとうございます。」
頭を下げた彼女は本当は二人きりの時間を作って聞くものなのかもしれないけどみんなにも知っておいてほしいからここにいて欲しい、と刀剣男士達を見渡す。寛いでいた刀剣達も姿勢を正した。
「単刀直入に言います、……石切丸さんと三日月さんは、この村に来たことがある、……そうですよね?」
石切丸の本丸には、今の主である彼女が鍛刀した刀の他に、彼女の父が鍛刀し引き継がれた刀が数振り居る。石切丸も引き継がれた刀剣の中の一振りだ。
幾度も幾度も、時間遡行軍との戦を繰り返し、その度に刀を振るい、敵を切り裂き、誰かの死を目の当たりにする。慣れたわけではないと言いたいが、当たり前になってしまった刀剣男士としての数々の任務。そんな数多の任務の中でも、どうしても頭にこびりついて忘れられない、何かある度に思い出してしまう任務が、いくつかある。仲間が重傷を負った任務だったり、かつて刀出会った頃のことを思い出してしまった任務だったり、……罪もない村人達を全て殺してしまった任務だったり。
「……そう、なのか?石切丸、」
最初に口を開いたのは鶴丸国永だった。驚きが好きな彼も、流石にこのような話では愉快そうな表情はできないらしい。
「……どこでそれを」
「出陣前、こんのすけさんから渡された資料の中に記録を見つけました。父が本丸にいた時代に、その時も村を壊滅させるためにですよね」
「……ああ」
石切丸は頷く。すぐにでも忘れたい、忌々しい記憶だ。己の剣が肉を切り裂く感覚を、息子を殺された母の悲痛な叫びを、父母を殺された娘の憎しみのこもった目を、覚えている。忘れようとしても忘れられない。
あの時と同じ村だと、最初から薄々と気が付いていた。幾つもの事象が重なり合って、またこの村を滅ぼすことになろうとは……。
「此度の任務が『村を焼け』でよかった。……主にあんな血の海は見せられないからね。跡形もなく焼けるのであれば、そちらの方が良いだろう」
悲しげな表情をする彼女に「私を軽蔑したかい?」と問うと、「そんなわけない、」と返された。優しい娘だ。己の刀がかつてこなした任務を、己がこれからこなそうとしている任務を、戦を、殺しを、決して良しとはしない。だが、それによって心を痛めたもののことは、絶対に否定しない。その苦しみは本物だと受け止めて、その悲しみを抱いて良いのだと受け入れて。……だから我らは此処に在る。
「だ、だが、おかしくはないか?歴史改変によって産まれた村だかは、俺たちはこの村を焼きに来たんだろう?一度壊滅させたあればそれで十分なのでは……」
膝丸のその疑問はもっともだ。だが、現に村はまだ此処に在るし、新たな任務もはじまっている。
「歴史というものは無数に枝分かれして様々な道を辿るもの。石切丸たちがかつて壊滅させた村も、わたしたちがこれから燃やす村もその枝葉のうちの一つ……、ということでしょうかぬしさま」
「どうやらそのようです、枝分かれした中でも特に歴史改変に繋がる可能性のある『忌み枝』の剪定、それが私たちの今回の任務」
「歴史改変は枝分かれした村のうち一つを壊滅させたくらいではなくならない、そういうこと、なのかな」
「大きな改変と核となる可能性のある村であれば尚更、か」
主と小狐丸、髭切、鶴丸の言葉に「ああ、どうやらそのようだね」と頷く。この任務を苦しみと捉えるか、悲しみと捉えるか、はたまた愉悦と捉えるか、それは彼ら次第だが、少なくとも彼らであれば躊躇いなく村に火をつけることができるだろうと感じられる、そのような表情をしている。
対する主は、これからどうすれば良いかわからない、本当にこのまま任務を進めて良いのかわからないといった表情のように見える。……まだ、心が定まっていないのだろうか。
「ごめんなさい石切丸さん、こんな任務、何度も」
「構わないよ『私達が付いている』と言っただろう、主にだけこんな責を負わせたりはしないさ」
優しい彼女を傷つけないため、己は此処に在ろうと思う。例え苦しむことや悲しむことがあっても、それを和らげることができれば……。