Lycoris常闇のリコリス

とある監査官の村焼き 承

 村人に見つからぬよう、夜中のうちにこっそり火を放ち焼き払う、という計画のため、野営をする場所を探していたが、村の子供たちに姿を見られて早々に作戦変更を余儀なくされた。が、監査官として、村自体のことはもちろん、村人のこともある程度のことは調べ上げている。特段困るようなことはないだよう。当初の予定通りとはいかないが、任務を遂行できるならばそれで良し、だ。

 武士といっておけば突拍子のないことでも大体受け入れてしまうから農民は楽だ。刀剣男士と審神者のことは、来る戦のため修行の旅をしている巫女と侍だ、ということにしておいた。すんなりと村に入り込み、あとはうまく火を放ち焼くだけだ。それもこれも、機転の利く監査官である俺が常に通信で指示を出していたからに違いない。

 そうこうしているうちに、先刻時間遡行軍に追いかけられていた娘が帰って来た。もちろん彼女のことも大体わかっている。

 この時代では珍しく兄弟はおらず、父母と二人で暮らしていた。が、数ヶ月前に父と母が立て続けに他界。流行りの疫病にやられたらしい。娘の幸せを何よりも願っていた最愛の二人を同時に亡くした彼女は酷く悲しんだ。食事も取らず、村をふらふらと歩き回り、しばらくは両親の死によって気が触れたおかしな女と思われていたらしい。そんな彼女に手を差し伸べたのがこの村の地主一家……特に地主の息子だ。一介の農民にしては可愛らしい顔をしているを、地主の息子はそれなりに気に入っていたらしく、何も食べず飢え死にしてしまいそうなを屋敷に招き入れ、食事を摂らせ、妾のように扱った。娘が少し回復した今も彼女を定期的に部屋に呼び、一夜を共日過ごしているらしい。端的な言い方をすると、遊女のような扱い、性欲の捌け口だ。が、自分を必要としてくれる両親を失った娘にとっては、妾のような扱いだとしても遊女のような扱いだとしても、そばにいてくれる誰かがいることがたいそう嬉しかったようで、今では地主の息子にすっかりご執心のようだ。

 そのような彼女だから、地主の息子の役に立ちたいと、山菜を採りに行った矢先の出来事が先程の時間遡行軍との遭遇だったようだ。

 が山菜を抱えて地主の屋敷の厨に入ると、他の村娘たちがひそひそと噂話をし始めた。きっとのことを悪く言っているのだろう。小さな村だ、仕事もせず食事も取らない異端者という肩書きを一度背負わされた人間は村人たちの鬱憤のはけ口として扱われる。加えて、若く権力もある地主の息子が彼女を部屋に連れ込み妾のように扱っているともなれば、放っておく村娘は居ないだろう。所謂、虐めの格好の餌食だ。自身はすでにこの状況に慣れきってしまっているのか、特段抵抗も反論もしない。見ていて気持ちの良いものではないが、彼女には時間遡行軍の姿を、刀剣男士が抜刀した姿を見られている。監査官として慎重に観察を続けなければ。

、お前も早く支度をおし。山菜は取れたのかい?」

 屋敷の女中頭の言葉には慌てて頷き、調理のに手伝いに入る。今宵は宴になるようだ。女中のみでなく大勢の村娘が手伝いに訪れている。たっぷり湯を沸かした鍋に、山から取って帰った鮮やかな緑色の山菜をすべらせる。普段であれば村の貯蔵庫に保管しておいて少しずつ調理するものだが、今日は特別だ。

 村の者は皆、旅のお侍様方……刀剣男士達を久々の客人として喜んでもてなそうとしている。寝床を与え、夕飯を提供するつもりのようだ。が、だけはとてもそのような気にはなれないようで、なんともいえない難しい表情をしている。勿論、何をいっても聞き流されるであろうことががわかりきっている村人達相手に反論する気はないようだが。

 の居る竃のすぐそばの窓から、刀剣男士たちの姿も見える。どうやら、村の案内をされているらしい。一見すると、刀剣男士たちも審神者も物腰は柔らかいため、少女や村の者たちへ害を与えるような存在には全く見えない。皆鼻筋の通った美しい顔をしていることもあり、村人たちの警戒心も薄れているようだ。

 しかし、あのとき異形に振るった太刀は、道中に話していた村を焼く計画は、見間違いでも聞き間違いではないと、村娘は確信しているのだろう。まあ、あれを見て、あの話を聞いて、危機感を覚えぬ者はいない。未だ遠目でしか見ていないが、あの着物の色、人数、背丈。山で見かけた、村を焼こうとしていた彼等に違いない、と警戒心を強めている。勿論、刀剣男士たちにすっかり騙されてしまっている村の者たちが親を亡くして気が触れかけているかわいそうな村娘の『妄言』など耳に入れるはずもないのだが。

「どうかしたのか?」

 彼女がまじまじと彼らの姿を見ていると、ちょうど厨房の様子を見にきていた地主の息子に声をかけられた。刀剣男士たちより、にとっては地主の息子の彼の方がよほど安心できる存在のようで、表情が少し穏やかになる。村で優しくしてくれるのは今となっては彼だけだ。……どのような優しさであったとしても。そんな彼に、今はまだ刀剣男士たちのことを話すべきではない、余計な心配をかけるべきではない、そう思ったのだろうか、「なんでもありません」と首を振り、は再び大鍋と向き合う。こんな村でも、にとっては大事な故郷なのだ。

 どうにか彼等を村から遠ざけることはできないだろうか、それとも村人たちの冷たい態度を受け流した時のように諦めて運命を受け入れるしかないのだろうか。うまい考えの浮かばぬまま、山奥の村の夜は更ける。

 その日の宴はとても賑やかなものになった。普段は質素な暮らしをしている村人達も今日は特別だと貯蔵庫から果物や酒を運び出してきた。皆まるで今夜寝ているうちに村を、家を、己の身体を、焼かれてしまうことを知っているかのようだ。

 は、他の村娘たちと共に盃に酒を注いでいく。できることなら、得体の知れない客人達とは離れた所に居たいと思っているのだろうか、地主の息子の側で酌をしていたが、若い娘だからというだけで「ほれ、、お侍様にお酌を」と呼ばれ、あれよあれよという間に、真意の読めない男の側に腰を下ろしてしまう。……最初に異形に斬りかかっていたあの男、三日月宗近だ。

  三日月の盃を満たしすぐに立ち上がろうとしたものの、場の空気はそれを許してくれそうもない。村の若い娘達は皆それぞれ旅人達のもとで談笑を続けている。加えて、隣の武人に「そう慌てて逃げずとも、とって食ったりはしない。もう少しゆっくりして行けばどうだ?」と引きとめられてしまった。小さく溜息をつき座り直すと、隣の武人は「そういえば、此度はきちんと自己紹介をしていなかったなぁ」と穏やかに微笑む。

「俺の名は三日月宗近……、そう呼ばれている。よろしく頼む。して、お主の名は?」

「……、と申します」

「そうか、。良いぞ良いぞ、もっと近う寄れ」

「あの、お侍様、」

「ふむ、具合でも悪いのか?顔色が優れないが……」

「い、いえ、大丈夫、です。……そうだ、お侍様、山菜のおかわりはいかがですか、」

「おお、頂こう」

 嬉しそうに山菜の煮浸しを口にする彼は、穏やかで害のない老人のようにも、無邪気で好奇心に溢れた子供のようにも見えてとても不思議だ。山で見せた刀を振るう姿とは全く別物のように思える。

 監査官の俺でもそのように思うのだ、初めてあった村娘も近くで見ていてもこの男の考えていることは全く理解できないことだろう。なんのために村を燃やすのか、なぜこの村なのか、わからないことだらけだ。わからないものは恐ろしい。だが、彼らが村を燃やそうとしていることを知っているのはただ一人。聞かなければ、止めなければ、それが駄目なら逃げなければ……本当に?たとえ彼らの怒りを買って殺されることになったとしても……?

 が特別賢い訳ではない頭を抱えて悶々としていると、横で盃を傾けていた武人は「ふぅ、」と小さく息を吐いた。

「何をためらっているのだ、よ」

「え?」

「のらりくらりとごまかして、このままでは朝が来てしまうぞ」

 そう言って三日月宗近は「まあ、俺はそれでも構わんが」とクスクス笑う。ひょっとすると、彼はあのとき、異形から逃げようとしていたの存在に気がついていたのかもしれない。木陰にそっと隠れて彼らの話を聞いていたか弱い村娘の存在に……。それでいて、自分からそのことについて口にすることは決してない。が恐る恐る話を切り出すのを、さっきからずっと待っているのだろう。なんと意地の悪い男だろう。村娘が精一杯睨みつけても、千年を生きる刀剣男士は怖くもなんともないと言った風に愉快そうな表情を見せるだけだ。このままでは拉致があかない。一人の村娘は、己の村を守るために、意を決して深呼吸する。

「三日月様、少しお話しが、」

 冬の日は夜が来るのが早い。空に浮かんだ細い月が淡く光を放ち輝く夜だ。

「三日月……」

 思わず呟くと、同じ名を持つ男は嬉しそうに微笑んだ。

 賑やかに宴を続ける人々は、裏口からそっと外に出た三日月宗近とには気がついていない。おそらく幾人かは酔い潰れてあのまま広間で朝を迎えるのだろう。屋敷から遠ざかるうちに、楽しげな笑い声も少しずつ聞こえなくなった。皆、地主の屋敷にいるためか家々の灯りは消えている。まるで、世界中が二人だけを残して死んでしまったかのような錯覚を覚えた。この静けさならば、どんなに小さな声で話しても、聞こえなかったフリはできないだろう。言うなら今しかない、村娘はそう思った。

「……あなた方は、この村に火を放とうとしているのですか?」

「……よく言えたな、」

 空を見上げながら絞り出した問いかけに対する返事は、肯定でも否定でもなかった。ここまできたのにはっきりと口にしない彼はやはり意地が悪い。

 どうして自分なのだろう、とは思っていることだろう。自分より力の強いものも、賢いものも、この村には大勢居る。たまたま山菜を採りに行った先で、たまたま彼らと出会ってしまった。偶然背負ってしまったにしては重すぎる責だ。言葉にするとますますずっしりとのしかかってきて潰れてしまいそうな気がした。

 それでも口を開き「どうして、」と問いかけたのは、そうしなければならないと思ったからではなく、ただここで死にたくなかったから。まだこの命にしがみついていたかったから。この村で生きていたかったからだ。

「どうして、あなた方は村を焼こうとしているのですか?」

「さあ、なぁ。俺にもよく分からん。そう言う任務だ、としか言いようがない」

「任、務……」

 そのようなもののせいで、焼かれてしまうのか、この村は。

「して、どうするつもりだ?」

「どうする……とは、」

「俺たちを殺すのか?それとも、村の者を置いて一人逃げるつもりか?」

 そんなこと、どちらもにはできそうもない。腕力の差が歴然である武人達に単身で挑むほどの無謀さはにはないし、父母の思い出残る生まれ育った故郷を放り出して一人生きて行くほどの度胸もない。加えて、村を出ることを考えると、どうしても地主の息子の顔が頭をよぎる。好いた相手だ、彼を置いていくという選択肢は 今のには無い。かといって、村人全員を連れて山を越えて逃げることもできそうにない。……諦めるしかないのだ、それを知ってこの月の名を持つ刀剣男士は……。

「すまんなあ、お主にはまた辛い思いをさせる」

「また、って……」

 いっそ、一思いに切り裂かれてあの化け物の血肉となっていればよかった。……そうすれば、このような思いはせずに済んだのに。

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