一番大事なもの

彼女さえいれば良い、彼女が幸せであれば良い、そう思い周りを見る余裕がなくなっていた時期がある。小狐丸が刀として過ごしていた時間は長いようで短い曖昧なものだ。とりわけ、人と密接に関わる機会が少なかったものだから、この心というものがいまだにわからない。持て余す。未熟であったのだろう、視野が狭かったのであろう。だが未熟であることを認めるのには随分長い時間がかかってしまった。刀として紡いできた数千年より長いような気がしたのだからおかしなものである。
 だけど今は、彼女を形作っているたくさんの物事が世界には溢れかえっていることを知った。彼女が幸せになる為には欠かせない沢山の物事に触れた。己の手だけでそれを成すことができぬのは少し癪ではあるが、彼女が愛おしいと思っている物事を一つづつ理解して取り入れて大事にしていこうと思った。「随分人らしくなったなぁ」と三日月は笑う。違う、人になったというわけではない、彼女と共にいるうちに、彼女のことが分かるようになった、それだけだ。
「小狐丸ちゃんの好きなもの、大事なもの、これまでの話、聞きたいんです、教えてください」
 そう言って彼女がまっすぐこちらを見てくるから、自分も彼女のことが知りたくなった、それだけのこと。
 これはきっと人の子の気まぐれ。今は歩み寄っていても、いつまた離れていくかわからない。だから振り子がこちらを向いているうちは、できる限り側に居ようと、小狐丸は精一杯腕を伸ばした。

小狐丸さえいれば良い、小狐丸が幸せであれば良い、そう思い周りを見る余裕がなくなっていた時期がある。彼女がこの世に生を受けてまだ四半世紀も過ぎていないし、審神者としての任期も決して長いとは言えない。更に、刀剣男士に囲まれて育った為、人と密接に関わる機会が極端に少なかったものだから、社会というものがいまだにわからない。猫をかぶるのが得意になってしまう。八方美人になってしまう。壁にぶつかってしまう。未熟であったのだろう、視野が狭かったのであろう。だが未熟であると嘆くことをことを止めるのには随分長い時間がかかってしまったようなきがする。壁を乗り越えてから本丸の主として紡いできた数年より短い期間のはずなのにおかしなものである。
今は、自分を形作っているたくさんの物事が世界には溢れかえっていることを知った。自分が幸せになる為には欠かせない沢山の物事に触れた。それを成すにはもちろん小狐丸が必要だし、小狐丸にずっと側にいて欲しいと思っている。だけど、小狐丸の他にも自分が愛おしいと思える物事を一つづつ学んで増やして大事にしていこうと思った。「随分人らしくなったなぁ」と三日月は笑う。違う、多分自分はずっと人であったのだ。小狐丸と共にいるうちに、小狐丸がそのことに気づかせてくれた、それだけだ。
「ぬしさまの好きなもの、大事なもの、これからしたいことの話、この小狐にお聞かせください、お教えください」
そう言って彼がまっすぐこちらを見てくるから、自分の事を見つめ直したくなった、伝えることができるようになりたかった、それだけのこと。
これはきっと神様の気まぐれ。今は歩み寄っていても、いつまた離れていくかわからない。だから天秤がこちらに傾いているうちは、できる限り側に居ようと、審神者はこちらに伸びた彼の手を強く強く握った。

「じゃあまず、私の一番好きなもの、教えますね、小狐丸ちゃん」
「それでは、私も一等大切なものをお教えしましょう、ぬしさま」