ふわりふわりと窓にかけた布が風で舞う。洋室に近い造りになっている本丸の一室は小狐丸にとって居心地が特別良いわけではなかったが、主がそこに居るなら話は別だ。駄目だといわれぬ限り、そばに居て彼女の様子を見ていたいと、切に思う。
普段は調べ物をしたり客人をもてなしたりという使われ方しかしないこの部屋だが、今日の主は珍しく布張りの椅子に腰かけ、朝からずっとこんのすけから読んでおけと渡されたのだという分厚い本を読んでいた。が、彼女の小さな指先の爪よりも、はるかに細かな字をずっと目で追っているとかなり疲弊するようで、小さな頭がゆらゆらと揺れる。おそらく少し寝てしまっては目を覚ましを繰り返しているのだろう。
小狐丸が肩を軽くたたき「ぬしさま、少し休まれては、」と声をかけると普段はもう少しだけできますと強情な彼女も流石に今日はこのまま続けられぬと判断したらしく「じゃあ、少しだけ、」と困ったように眉を下げた。

西日が傾き、強い風が吹き、窓のかけ布が広がり部屋に影を落とす。少し部屋が寒くなったからだろうか、うたた寝をしていた彼女がゆっくりと瞼を持ち上げ目を覚ました。
ゆっくりと身を起こした主に「眠気覚ましに何か飲みますか?」と問うと、彼女はこくりと頷くから、小狐丸は厨へ足を運ぶ。
茶や酒とは違う、苦みの中にも甘みがある飲み物の淹れ方は彼女のやり方をみて見よう見まねで覚えた。珈琲、というものらしい。彼女の髪の毛の色にも似た限りなく黒に近い茶色い液体に、牛乳を注いだものを近頃の彼女は気に入っているらしく、よく口にしているところを目にする。
そうして二色の液体が混ざり合ってできた淡い色の飲み物に、戸棚から取り出した瓶の中の香料を一滴落とす。洋菓子を作る際にも使われるのだというそれは見た目の色から想像できないほど甘く、小狐丸が普段身につける安息香の匂いにも少し似ている気がする。
彼女の身体に自分自身の香りを注ぎ込むための液体を作っているような気分になって、小狐丸は目を細める。

未だふわふわと夢の中にいるような表情をしている主の目の前に薄茶色をした液体を淹れた陶器を置き、そのまま彼女の頬へ唇を寄せると、ちいさな主はびくりと肩をふるわせてから目を見開く。
「目が覚めましたか?」
「覚め・・・ましたけど、びっくりしました・・・」
「ふふ、それは申し訳ありません、」
どうやら眠気覚ましの飲み物は必要なかったらしい。が、せっかく作ったのだからと甘い香りの液体を彼女に勧める。狐が目を細め笑うと、彼女は少し頬を膨らませながらも陶器の器を手に取り、口を付けた。「これを飲んだら読み物の続きを始めなければいけませんね、」という呟きはまだもう少し眠りたいというような色を含んでいる。
もう少しだけ休んでいましょうかなんて台詞が、ふわりと漂う嘩尼拉の香りにつられて零れ出てしまいそうだ。