君の両手はひとひらの #1

政府からの指令により、基本的に各本丸の審神者は戦場へ出向き刀剣たちの指揮をとる仕組みになっている。七つ六つのまだ幼い年齢で先代の父親から本丸を任された小狐丸の主は直属の上司の計らいにより暫くの間本丸から刀剣達に指示を送ることが許されていた。
それでも、流石は位の高い審神者の娘といったところか、直接の指示でなくとも彼女の言葉は的確で分かりやすく、小狐丸ら刀剣達はとても戦いやすかった。
彼女が戦場で指揮を取れば、本丸の戦果はみるみるうちに他の物をうわまって行くだろうと散々言われ続け、ついに彼女が一つ歳を重ねる今日【こんにち】、刀剣らと共に戦場に立つことになった。
主のことを娘だか孫のように思っているのであろう本丸の刀剣達は、戦場での心得を長々と彼女に語ったり彼女の身の回りの準備をしたり、どこか落ち着きがない。かくいう小狐丸も、前日、いや今日のこの日が彼女が戦場に出向く日と決まったその日から、戦場で敵に襲われた時のことが気にかかり、ため息をつく日が増えていた。

そのように心配ばかりする刀剣たちを見て、「そこまで臆することではないのに、」と彼女は苦笑する。年の割に肝が据わっており頼もしい主だとは思うが、少し間違えば命を落としかねない戦場に赴くのだ。気がかりなことに変わりはない。

「ぬしさま、必ず、必ず、この小狐丸の手をお離しになりませんよう。」
「もう、小狐丸ちゃん、何度も言わなくてもわかっていますよ。」

そう言って主は少し怒ったふりをする。それでも不安は拭いきれず、「…しかし、」と惑う狐の手をそっと握り、彼女はふわりと笑った。

「大丈夫ですよ、絶対に、離しませんから。」

彼女の細く柔らかい髪をさらりと撫でて、必ず彼女を守ること、本丸【ここ】へ無事に送り返すことを誓った。

小狐丸の本丸は鍛刀されている刀剣男士は少ないとはいえ、それぞれ練度の高い刀が集められている。加えて、主に「皆に力があるから、私も共に戦場へ向かうことができます」と言われれば、いつも以上に力を発揮できるというものだ。
もちろん、敵の刀剣が恐ろしいものであることに変わりはないが、ここは僅かな心境の変化や力量の差で勝敗が左右されるる世界だ。士気が上がるに越したことは無い。
そのような刀剣男士たちのやる気に満ちた活躍のおかげか、此度の作戦は拍子抜けするほどうまくいった。
片手に主の手を取りながら刀を振るうことは確かに多少の動きづらさはあったが、それ以上に、小狐丸の彼女を守らねばならないという意思が戦況を良い方に傾けた。
何事もなく出陣が終わったことに、全員が安心したような溜息をつき、本丸への帰り道を急ぐ。

そのような中、此度の出陣では小狐丸に誉が与えられたとの伝令が政府から入った。主を守りながらの戦闘であったにもかかわらずの成果に、周りの刀剣男士たちからも、ねぎらいの言葉をかけられる。

「ぬしさま、今日も小狐は誉を賜りました。」

手をつないだままの主にも『褒めてくだされ』と強請ると、彼女はにっこりと笑って小狐丸の好く手入れの行き届いた髪の毛をさらさらと撫でる。
と、
その心地良さに思わず目を閉じていると、不意にふわりと桃色の花びらが舞う。戦意高揚の証として桜が舞う様子は見たことがあるが、それとは少し様子が違うようだ。

「これ、は…、」
「特付き、だな。」

三日月宗近のつぶやきにその場にいた全員が小狐丸を振り返りまじまじと見る。特付き、刀剣男士が練度を上げることにより以前よりも大きな力を発揮できるようになる云わば限定解除のような現象だ。

「ぬしさまと初めて出向いた戦場でこのようなことが起きるとは…」
「すごい…綺麗…。小狐丸ちゃん、おめでとうございます。」

主の言葉に、小狐丸は彼女を抱きあげて、目を細め笑う。

「ありがとうございます、ぬしさま。ですが全てはぬしさまのおかげ、ぬしさまが居てくださったからこそ、なのですよ。」
「そんな、わたしはただここにいただけなのに…。」
「そこに居るということが大事なのです。」

主が居たからこそ、いつも以上の力が出せた。それがこのように結果につながった。そのことが不思議と誇らしい。

戦闘の直後とは思えないほどの穏やかな気持ちで主と笑い合っていると、「主、取り込み中のところ悪いけれど、」と石切丸が声をかけてきた。

「そろそろ本丸に戻って上に報告しないといけないんじゃないかな。」
「あっ、そうでした。任務が終わり次第すぐに報告するようにと言われていましたね…、」

わたしの周りは心配性な方が多いですね、と主はくすくす笑う。このように細く小さな主を心配するなという方が無理な話だ。彼女を膝に抱く小狐丸が、少し腕に力を込めれば、その骨はばきばきと折れてしまうだろう。そのような優しく愛らしい己の主を、守りたい、守らなければならない。そのために強くなる。
はらりと彼女の髪に舞い降りた桃色の花弁を前髪と共に横に避けて、その白い額に口付けた。