触れてこようとした唇を「今日はダメです、」と指で制する。当然のことながら唇の主である小狐丸は「何故です、」と怪訝そうな顔で聞いてくる
「今日は、薬研くんが来るから、ダメです。」
「……ほう、あの短刀が。」
薬研藤四郎はの父の短刀である。普段彼女の本丸で生活しているわけ無いが、ごく稀に彼女の父の代わりに本丸の様子を見に来るのだ。彼は小狐丸と彼女の仲を知らない…というわけではないが、やはりそのようなときに遭遇してしまえば気まずいことに変わりはない。
「そういうことであれば、この小狐にお任せくだされ。」
「でも、小狐丸ちゃん…」
「ぬしさま、左様な心配は無用ですよ、」
目を細める小狐丸に何か言葉を返すことも、身を動かすこともできなくなる。そのまま頭の後ろを支えられ、半ば無理やり唇を重ねられ、ぬるりと舌を差し込まれる。いつも以上にねっとりと、嬲るように、歯列をなぞり上顎を擽る小狐丸の舌に翻弄される。
長い口付けで酸素が足りなくてぼんやりとしている脳みそが、とんとんと廊下を歩く足音をとらえた。おそらくこの音は体重の軽い短刀のものだろう。の自室に良く訪れる今剣は遠征中だ。つまり、この足音の主はおそらく……、
「嬢ちゃん、居るか。」
聞き覚えのある声が襖の外から聞こえる。がびくりと肩をゆらすと共に、襖は無遠慮に開け放たれた。
空いた襖の元に立つ少年、薬研藤四郎は部屋をぐるりと見渡し、不思議そうな顔をした後、「ここじゃないのか」と立ち去っていく。
……は、そこに居るのに。
足音が遠くへ消えた後、ようやくの唇は解放された。銀の糸が二人の間を伝い、ぽたりと畳の上に落ちる。ふう、と息を吸い込み、小狐丸の胸に身を預けると彼はすうと目を細めた。
「……小狐丸ちゃん、」
「なんでしょう、ぬしさま。」
ぎろりとせいいっぱいの怖い顔でにらみつけても、愉快そうににこにことしているから、本気で怒ったりしていないということはこの太刀にばれてしまっているのだろう。それでも、薬研に申し訳なく思う気持ちは変わらないから、は深いため息をつく。
「薬研くんに何かしたのですか……?」
「いえ、あの短刀にはなにもしておりませんよ。」
そう言って小狐丸はの唇を人差し指でなぞる。『あの短刀には』ということは、おそらくと小狐丸に何らかの術がかけられていたのだろう。
「さあこれで邪魔者は居なくなりました」と狐の名を持つ付喪神は笑う。