刀剣男士という者は曖昧な生き物だ。いや、そもそも生き物ですらないのかもしれない。
刀に宿った付喪神である彼らは、審神者と呼ばれる能力者たちの力がないと形を保つことが難しい。強大な力を持った審神者であれば、そばにいるだけで己の霊力で刀剣男子たちを人の姿にすることもできるのだが、まだ幼く力も未熟な小狐丸の主であるは、彼らの身体に触れなければ力を分け与えることができなかった。
もちろん普段は、刀剣たちが自ら幼い主を抱きかかえたり頭を撫でてみたり、自身も意識して手をつないでみたりしている。だが、そのような行為を制限されてしまうような状況になってしまった時は、主自身の意思にかかわらず刀剣たちは元の刀の姿に戻ってしまうのだ。

小狐丸は、先ほどから怒って口を利かなくなってしまったちいさな主を見てため息をついた。「小狐丸ちゃんなんか嫌いです。」と頬を膨らまし、一向にこちらを見ようとしない。
いつもにこにこと楽しそうな彼女がたいそうご立腹な原因もきっかけもすべて小狐丸にあるのだが、このままこちらを向かず口をきいてくれないとなると、少し困ったことになる。
背丈も腕力も小狐丸のほうが上なので、無理やりこちらを向かせても良いのだが、彼女は小狐丸の主であり、「惚れた女」であるので、乱暴にして泣かせることなどできはしないのだ。
…もちろん彼女が大人になったときには、夜の床の上でなかせてみたいともおもうが、それとこれとは別の話だ。
男は惚れた女に泣かれると弱い。たとえ付喪神と言え、それは同じである。

小狐丸にとって力が足りず体が動かないというのは久々の感覚だった。普段からいかに己が主のそばにいたのかというのを実感する。
主の力はあまり強くはないとはいえ、その身体に触れずとも霊力を受け取ることはできるから少々なら主に触れずとも大丈夫だろうと高をくくっていたのだがどうやら怒った主は無意識のうちに小狐丸へ流す霊力を止めてしまっているようだ。そのようなことが起こるのもまだ彼女が未熟であるが故、力の調節がうまくいかないからのだろう。
危機的状況ではあるが、彼女のことを考えるとそのような未熟なところまで愛おしくなってしまうから、これが惚れた弱みというやつかと、少し頬が緩んだ
そろそろ幼い主が慌てて部屋にやってくるころだろうか。人を化かすのが得意な狐らしく、どこかに隠れて主を驚かせてみても良いが、生憎体を動かす力は残っていない。
「ぬしさま、小狐丸は寂しくて死んでしまいそうです。」
天井に伸ばした狐の手は虚しく空をかいた。

が小狐丸に『触れて』いないことを思い出したのは、口を利かなくなって2日目の夕方のことだった。
普段は自身が意識して触れるのを忘れてしまっているときでも、小狐丸のほうから手を伸ばしてくるため、「もしかしたら刀に戻ってしまうのではないか」という心配はしなくても良いが、今日はもう丸一日以上顔も合していない。が審神者となり、小狐丸が近侍となってからしばらくたつが、このようなことは初めてのことかもしれない。
慌てて普段小狐丸が寝るときに使う部屋に向かう。誰かの「廊下を走ると危ないよ」という声が聞こえたが、そのようなことを気にしている場合ではなかった。
「小狐丸ちゃん?」
控えめに名を呼びながら襖を細くあけると、ふわりと畳の香りが広がるその部屋はがらんとしていて誰もいなかった。
どきどきと心臓が音を立てる。もし、本当に、小狐丸ちゃんが刀に戻ってしまっていたらどうしよう。
「ねえ、小狐丸ちゃん、わたしのこと驚かせようとして隠れているんですか?」
無意識に彼を呼ぶ声が少し大きくなる。それでもその声への返事はなく、意を決してそろりと部屋の中へ入る。
どうか、大好きなきれいな付喪神が、部屋の奥で隠れていつものように笑っていますように。
祈るようにこぶしを握り、目を閉じたまま畳の上を歩く。そうすれば、人を化かすのが得意な彼は楽しそうに出てきそうな気がしたのだ。
こつりとつま先に何かがふれ、ゆっくりと目を開ける。
の願いもむなしく、そこにはすらりとした刀身の美しい剣が畳の上に無造作に転がっていた。
これほど己の幼さと、力の弱さを呪ったことはない。