の暮らす本丸から少し離れたところで暮らすとても綺麗な刀剣がいる。勿論の本丸にいる刀剣たちも美しい刀ばかりであるが、元は新撰組の刀なのだという彼は"刀剣男士"という名の通り男性の姿をしてはいるがいつも身ぎれいにしており化粧や着物に興味津々なにとってはお手本にしたいと思えるくらいで、特に紅く塗られたその爪の色が鮮やかでいつも目を奪われていた。
勿論、そんな風に紅い爪の刀剣をじっと見ていると、近侍である狐の名を持つ刀剣は不機嫌になってしまうのだが。

「どうすればあの綺麗な色を爪に塗ることができると思いますか?」
の本丸で一番そのようなことに詳しそうな次郎太刀に真剣な顔で聞くと、彼は目をぱちくりとした後「そうか、主もそんな年頃なんだねえ。」と笑った。直接本人に聞けばいいのだが、紅色の爪の彼に会う機会など滅多に無いし、他所の刀剣と仲良くしていると不機嫌になってしまいそうな者もいるからわざわざ会いに行くわけにもいかない。
マニキュアというものがあるのは知っているが、次郎太刀は爪は塗らないから持っていないらしい。おそらくこの本丸には他にそのようなものを持っている者はいないだろう。
「いいじゃないか、今度街に出たとき一つ買ってみれば。」
「どうしても欲しいというわけではなくて、ちょっと試してみたいだけなんです。一瓶欲しいとか、そういうのではなくて…。次郎ちゃんが道具を持っていればと思ったのですが…。」
「わがままだというのはわかっているんです」というの話をうんうんと楽しそうに聞いた後、次郎太刀は「じゃあ、ホウセンカを使ったらどうだい?」と庭に咲く花を示した。
「昔はあれを爪紅として使っていたんだよ。といっても、現世の店に置いてあるようなものほど綺麗な色は出ないかもしれないけど。」
次郎太刀の言葉にはパッと顔を輝かせる。続けて「綺麗にして、あいつにも見せてやりなよ」と言われ、狼狽えた表情になったのは言うまでもない。

次郎太刀に教わった通り、ホウセンカの花弁と葉を潰し、煮詰めて、塗料にする。火にかけたからか花の香りがあたり一面ひろがり、完成した塗料を明るい縁側に持ってきたときには本丸中がホウセンカの匂いに包まれていた。その普段嗅ぎなれない香りに興味を持ったのか、内番から戻ってきた小狐丸が「何事ですかぬしさま」と声をかけてくる。
「小狐丸ちゃん、お花の匂いはお嫌いですか?」
「おお、花の香りでしたか。ぬしさまの匂いならば小狐丸は何でも好きですよ。」
そう言って狐は当然のようにの隣に腰かけた。
「爪紅、ですかな。」
「そう、次郎ちゃんに教えてもらいました。私がホウセンカで作ったんですよ。」
ほう、とつぶやいた小狐丸は呟き目を細める。紅い爪の刀剣男士を思い出し、機嫌を損ねてしまっただろうか。…だが、するすると筆を動かす彼女に、狐は何も言わない。
しばらくゆっくりと動く筆と赤く塗られていくその指先をまじまじと見つめていた小狐丸だが、不意に何かを思いついたような顔をした。
「…ぬしさま、小狐丸に塗らせていただいても良いですかな?」
「えっ、これをですか。えーっと、では右手を、お願いします。」
利き手と逆の手で爪を塗るのは難しい。小狐丸に細い筆を手渡すと、彼は嬉しそうにの手を取り丁寧にその指先に紅を載せ始めた。
「ぬしさま、ご存知ですかな。」
小狐丸はの指先を見つめ爪を塗りながら、静かな声で呟くように喋る。
「ホウセンカの爪紅は魔除けの意味があります。」
「ええ。水に濡れても色が落ちない、海に潜る仕事の方が使っていたと聞きました。」
5本の指すべてが赤く染まった。狐は頷き筆を置いたが、握った手は離すことなく少し力を込めた。
「ですがこの小狐丸、紅いホウセンカだけにぬしさまを守らせるのは少々、遺憾にございまする。」
そう言って小狐丸はその手の甲に口づけて、「これで、私からも魔除けの気を送ったことにしてくだされ、」と呟く。
この爪の色を見た時私を思い出してほしいのです、と。誰とも知らぬ他所の刀の赤い爪ではなく、小狐丸を。
その表情に、仕草に、どきりとしてしまう。小狐丸がこのように触れてくるのはいつも通りのはずなのに、慣れているはずなのに。
独占欲と嫉妬の混じった視線に優越感を覚えてしまっているのだろうか。
こんなにも身体が熱く鼓動が早くなってしまっていることを悟られないように、赤い瞳から目を反らした。