The Tempest

8 years ago in spring.君の近くにいたいと思った

高校二年生になった。四月の初めの今日は今年一年を過ごすクラスメイトと教室が掲示されるから、すれ違う誰もが浮き足立ってそわそわしている。特に二年のクラスは重要だ。このメンバーで修学旅行に行くし、よっぽどの進路変更がなければこのままのクラスで三年生へ進級する。私も例に漏れず、いつもより早起きして学校に辿り着いてしまったため、正面玄関に大判のクラス名簿が貼り出されるのを、今か今かと待ち構えてしまっている。上着を一枚持って来ればよかった。四月とはいえ、風は冷たく、ずっと外に立っていたから指先はすっかり冷え切ってしまった。

去年はとてつもなく運が良かった。まさか高校生になってからも、菊丸くんと同じクラスであり続けるとは、夢にも思わなかった。青学は中高一貫校だから、ありえない話ではないけれど、それでも、外部の学校から進学してきた子も大勢いるから、人数が増えている。二度あることは三度あるとはよく言うが、三度以上のクラス替えを乗り越え、全て同じ教室に収まっているのだ。普段はぼんやりとしか意識しない、運命や奇跡を今は少しだけ信じてしまう。

告白は、まだできていなかった。中学生の頃と比べてお話しする機会が格段に増えた今、する必要も無いと思っていたし、した後で今のこの絶妙な距離感が変わってしまうのが怖かった。
 そもそも彼は今、恋人と呼べる存在はいるのだろうか。それすらきちんと聞けていない。部活と勉強で忙しくてそんな暇はなさそうにも見えるが、器用な彼だから家に帰ったら愛しい人に好きだと書いたメールの一通でも送っているのかもしれない。勿論、あの日あの時、彼が私に向けて放ったW好きWとは全く別物のW好きWだ。

さん!さん!」
「え、菊丸くん?」

不意に声をかけられ振り返ると、先程までぐるぐると私の頭を占領していた菊丸英二その人がブンブンと勢いよく手を振っていた。部活の朝練の帰りだろうか、いつもより少し頬の血色が良い気がする。

「よかったー!知り合い誰も居ないから、一人で外で待ってんの寂しかったんだ!」
「えっ……菊丸くんも、知り合い居ないとか気にするんだ……」
「あ、なんかいま失礼なこと考えたな!?」
「違う違う!菊丸くんって、知らない人にもどんどん話しかけてその人とすぐに仲良くなってそうだから……」

ケラケラ笑いながらなるべく自然を装って話しているけど、実際心臓は弾け飛びそうなほど震えてしまっている。ドキドキうるさい音を誤魔化すように息を吹きかけようと眼前で開いた手は思ったよりも冷えて赤紫がかった色になってしまっていた。菊丸くんと目の前の掲示板に集中するあまり、気づくのが遅くなってしまった。

「うわ、さん手の色変わってる!寒いの?」
「あ、ほんとだ、ちょっと寒いかも」
「手貸して。俺体温高いから、握ってたらあったまるかも」
「ま、って!そんなことしちゃダメだよ!」
「何で?」

菊丸くんの急な申し出に慌てふためく。そんなことされたらもっと好きになっちゃうんだよ、菊丸くんは優しいけどすごく鈍感だ。手を握った時に感じる体温を想像するだけで死にそうになることも、ほんとはこうして話しているだけでぐらぐら揺れて立っていられなくなりそうな気分なことも、何にもわかってない。だけど、そんなこと彼に言えるわけがない。迷惑だと思われたり、気持ち悪がられたりしたら、それこそ立ち直れる気がしない。だから私は「大丈夫だよ、ありがとう」と曖昧に笑って冷たい両手を自分のカーディガンのポケットに突っ込むことしかできないのだ。「寒かったらいつでも言えよ〜」とちょっと唇を尖らせる彼は、やっぱり優しくて、少しずるい人だ。

そうこうしているうちに、待ち望んでいたクラス名簿が貼り出され始めた。青学は生徒もクラス数も多いから、自分のクラスを把握するだけで一苦労だ。しばらく文字を目で追い続けても、自分の名前が全く見つからない。

「あれ、さん、俺たちもしかして、また同じクラス?」
「え、嘘」

ホラあそこ、と菊丸くんが示す名簿の中に、ようやく自らの名前を発見する。……そして、その中の菊丸くんの名前も。
 一気に体温が高くなる。血液が沸騰して蒸発してしまいそうだ。普段は占いとかおまじないとか全く信じないような私が、運命とか奇跡とかいうやつを本気で信じてしまいそうになる。
 目を白黒させる私に、菊丸くんは楽しそうに表情で「今年もよろしく」と優しく声をかけてくれるから、ちょっと泣きそうになった。ほんとならここで握手のひとつでもするべきなんだろうけど、そんなことしたら私は蕩けて始業式どころじゃなくなってしまうから、代わりに彼の目を真っ直ぐ見て、力強く頷いた。

「すごいね。小学生の頃のこと思い返しても、5年連続同じクラスなのってたぶん俺、さんだけだ。」
「そう、なの?」
「たぶん、これあれだ、腐れ縁ってやつ!」

そう言って彼はカラカラと笑う。つられて私も笑った。運命や奇跡も素敵だけど菊丸くんの言い方の方が、性に合ってるかもしれない。これが運命だ奇跡だと信じていたら裏切られた時に心がガラガラ音を立てて崩れ落ちてしまいそうだし。

ただ、そうは言ったものの「運命」「奇跡」「腐れ縁」言い方はどうだっていいのだ。今年も彼と共に小さな箱庭で過ごせる。その事実に感謝しつつ、突き抜けるように青い空を見上げた。

The Tempest