神戸港なんかでデートするんじゃなかった。大阪からさほど遠くない港町だ。こういう場所で知り合いに出会う確率は…俺はデータマンやないからわからんけど、まあ低くはないだろう。
「あれ!白石とねーちゃんや!」と声をかけてきたかつてのスーパールーキーはニコニコ笑顔で「なんや、昨日のテニス部飲み会断ったんは、姉ちゃんとお泊まりデートしとったからなんか~ 」とど直球にからかってきた。思わず彼女と目を見合わせて苦笑いしてしまう。
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「このままじゃお互いにダメになってしまうね、」
そう言って滝は笑う。
そして私が何か言う前に、「でも、」と再び口を開いて真剣な顔をした。
「俺はダメでも構わないけど」
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「はは、俺、柄にもなく緊張してる」
これから彼が何を言おうとしているか、私はよく知っている。人気のない水族館、キラキラと光が反射する特等席、本日彼の星座は朝の占いで運勢ランキング1位。もう今しかないだろう。よし、と気合を入れて、震える手を握りしめて、彼は深呼吸して、口を開く。
「ああ!でも待って!」
今度はなんだ、私もそんなに気が長くないんだぞ、そう言いかけた私の口をふさぐかのように、彼はそっと私の手を取った。
「どうしよう、言葉にすると、壊れそうだ」
そう言って笑う千石の表情はいつもよりずっと弱々しかった。
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握った手の冷たさに思わず息を飲む「手袋は?」と聞くと、あんまり好きじゃないのだという。この前はマスクもあまり好きじゃないと言っていた。放っておくと寒々しい格好のまま冬を越してしまいそうで苦笑する。「英二くんが温めてくれると思って……」じゃないんだよ。せめて人間らしい体温は保っていてほしいものだ。
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不二先輩は、テニスに満足したらすぐにテニス部からいなくなってしまいそうだ、と思っていた。なんだかそういう、儚い幻のような雰囲気を纏っていたんだ。それを河村先輩に言ったら一瞬びっくりしたような顔をしたあと「ああ見えて不二は結構頑固だよ」と笑ったんだけど。
今も確かに、テニスに満足したらテニス部からいなくなってしまいそうだって思っている。だけどあの日頬に泥をつけたまま立ち上がりラケットを握る姿を見たら、そんな日は永遠に来ないんじゃないかとも思い始めた。そして南半球で未知の相手と向かい合う彼を見て確信する。ああこの人はテニスに満足できない人だって。