Neverland

#04

 部活を引退したとはいえ、朝練のため早起きしていた習慣がなくなるわけではない。以前とそう変わらない時間に登校した不二はテニスコートで素振りをする後輩たちに挨拶しテニス部部室の隅の長机を我が物顔で陣取る。この時間のテニス部部室は『穴場』だ。誰もいない静かな室内に遠くから部員たちの声が響く。適度な雑音は集中力を高めるらしい。そんな中、誰にも邪魔されることなく今日の小テストに向けて復習を始めようと英語の教科書を開いた。と、その時、静かな部室にガタン! バタン! と大きな音が響いて、入り口のドアが勢いよく開いた。思わず顔を上げるとチームメイトでありクラスメイトでもある菊丸英二が顔を赤くしたり青くしたりしながら息を切らしていた。そうして、部室に不二以外誰もいないことを確認するとツカツカとこちらへ詰め寄ってきて「不二聞いてよ!」とガシッと肩を掴んでくる。

「どーしよ不二!先輩と原宿行くことになった! デート!? これデートなのかな!?」
「落ち着いて英二、何が起こったのかよくわからないから一から丁寧に説明してほしい、なんかめちゃくちゃ面白そうだし」

 諭すように肩を叩くと、いつも元気な彼は「そう! そうだよね! まって、ちょっとまって、ちゃんと整理するから!」とパイプ椅子に座る。それを見て不二も教科書を閉じて鞄にしまう。小テストは後回しだ。なかなか興味深い話になりそうな気がしてウキウキした。

*

 菊丸英二という人間はあまり物事を説明するのが上手なわけではない。だが、根っからの良い奴だから、不二が何か質問をすれば話を遮られたことを怒ったりせず丁寧に答えてくれる。そういうやりとりの繰り返しで、彼が昨年卒業したひと学年上の元テニス部マネージャーに想いを寄せていることを知っていたし、彼が右往左往する様子を楽しみながらも応援していた。……まあ話を聞かずとも、菊丸は考えていることがわかりやすいから、先輩に対してどう思っているかすぐに分かっていただろうけど。手塚、はよくわからないけれど、恐らくほかのテニス部三年生は彼の想いに気がついている。故に、下級生の朝練の様子を見に来たのであろう乾も興味深げにノートを広げて鉛筆を走らせ始めている。

「なるほど、たまたま会った先輩が『優勝のお祝いになんでもする』と言ってくれて……」
「思わず休みの日の外出に誘ってしまった、というわけか」
「そう……っていつから聞いてたの乾! 居るならいるって言ってよ! あと、ノート開くのやめて!」
「割と最初の方からだよ、面白いデータが取れそうだから聞かせて貰った」
「人が結構いっぱいいっぱいなのに面白がらないでよ!」

 野次馬! 人でなし! と声を上げ、頬を膨らませる彼を見て思わず乾と目を合わせて笑ってしまう。

「ふふ、でもよかったじゃないか英二。先輩が高等部に行ってから全然会ってなかったんだろ」
「先輩の行動データを渡そうかと言っても頑なに拒まれるからどうしたものかと心配していたけれど、進展がありそうでよかったよ」
「よかった……のかなあ、考えなしに誘っちゃったから迷惑だったかもしれない」

 そう言って菊丸は試合の時には見せないような少し不安げな表情をするから、本人は申し訳ないが、なんだか面白い。

「そこはまあ、いいんじゃないかな別に」
「先輩は優しいから後輩が多少無茶を言っても許してくれる確率百パーセント」
「気楽だなあ! 他人事だと思ってるでしょ!」
「思ってるよ」
「他人事だしな」

 ひどい! 鬼! 人の心がない! と唇を尖らせる菊丸を見て、また不二と乾は笑う。まったく、他人の恋路ほど見ていて面白いものはない。さて、次の休み明け、彼はどんな話を聞かせてくれるだろうか。クスリと笑って鞄を肩にかけ立ち上がる。

Neverland