約束のその日、電車を乗り継いで彼に連れてこられたのは色とりどりの装飾で溢れかえった若者の街だった。私が住んでる地域とも、青学の最寄駅の近くとも、全く違う雰囲気で少し萎縮してしまう。ピンクと水色のデザートを見ていると頭がクラクラした。そんな私を見て菊丸くんは「先輩すごい顔してる」と笑う。彼はこういう場所に慣れているんだろうか。確かに、カラフルな水玉のシャツと派手なマークがついた帽子はこの街によくなじんでいた。
「こんなに人が多い場所始めてきたかも……」
「うそ、女子高生って毎週末こういう場所行ってるんだと思ってた」
「……私は近所のアイスクリーム屋さんとタピオカ屋さんで満足しちゃう女子高生だから……」
「あー、そういえば先輩の家の最寄り、タピオカ屋さん多い気がする」
そうそう、と頷いて、あれ? と少し首をかしげる。そういえば私は彼に家の最寄りを教えたことがあったっけ?
そうこうしているうちに、目的のお店へたどり着いた。キラキラしたネオンがついた華やかな看板にちょっと怯んでしまうが、彼は平然としているので必死でなんでもないフリをする。
「……というか、なんで私と行こうと思ったの? 菊丸くんならこういうとこ一人で入れそうだけど」
「うーん、入れなくはないけど、ほら、二つ頼んだら1個割引になる店なんで」
そう言いながらキラキラした可愛らしい店員さんが出迎えてくれる。菊丸くんは慣れた仕草でアイスクリームを二つ頼んで笑顔で店員さんが差し出してくるそれを受け取って、当然のように私に差し出してくる。まてまてまて、私が財布を出す隙すらなかったぞ!?
「まって! まって! 私がご馳走するって言ったじゃない!」
「いや、でも、俺は先輩がついてきてくれただけで十分っていうかなんというか……」
「欲がなさすぎか?! もー! 先輩が奢るって言ってるんだからこう言う時は甘えていいんだよ?!」
ちょっと拗ねたふりをすると、彼は納得できないという風に唇を尖らせる。
「え〜〜、ほんとに?」
「なんでこんなところで嘘言わないといけないの」
知ってるんだぞ、君は甘えるの結構得意だって。こういう時だけ甘えてくれなかったら、ちょっと寂しいじゃないか。そうしていると彼は「じゃあ、」と遠慮がちに口を開く。
「じゃあ、もう少し遅い時間まで、先輩と一緒に居たいです」
「え?」
「だめ? 晩御飯ファーストフードとかで良いから!」
「それは、全然、大丈夫だけど、」
本当にそれだけで良いのだろうか、少し不安になる。だってこれでは、あんまりお祝いになっていないではないか。私が納得できないような表情をしていることに気がついたのか、菊丸くんはこちらを安心させるかのようににっこり笑ってブイサインした。……彼が嬉しそうにしているなら、それで良いのかなあ。
*
とはいえ、慣れない人混みの中ではまともに歩くことすらままならない。彼についていこうとしても足の長さの違いのせいですぐに距離が開いてしまう。
視界の先に彼が見える。ちょっと駆け足で近づこうとした途端、世界が勢いよく揺れる。地震ではない、誰かにぶつかられたわけでもない、ただ普通に、何も無いアスファルトの上で、自分の足に躓いて転んでしまったのだ。地面にぶつか理想になり、とっさに目を瞑る。が、予想していた衝撃は一向に訪れない。恐る恐る目を開くと、いつのまにか側にいた彼が私の肩を支えていて、驚きと戸惑いで思わず目を瞬いてしまう。
「ビックリした〜! 先輩、大丈夫?」
「え!? 菊丸くん!? なんで!?」
「俺、動体視力良いから〜」
そう言って満面の笑みを浮かべる彼がなんだかものすごくキラキラして見えて、目が眩んでしまう。だから、彼が倒れかけた私を支えているせいで、お姫様抱っこみたいな体制になってしまっていることをすっかり忘れていた。チラチラとこちらを見てくる通行人の視線に気がつき、慌てて立ち上がる。恥ずかしくて死ぬかと思った。
*
その後も、二人で歩いてた大通りでは派手な髪型のお兄さんにぶつかってしまって睨まれたし(たまたま菊丸くんの知り合いだったみたいで仲を取り持ってくれた、なんと顔が広いんだろう)、ファーストフード店では頼んだジュースをひっくり返すし(服が濡れなくてよかった、と菊丸くんは笑ってくれたけど私は落ち込むばかりだ)、なんだか何をやっても格好がつかなかった。私がご馳走するつもりで来たのに、なんでこんなにダメダメなんだろう!
それでも、そんな私が目の前にいても、明るく周りの人と自然と距離を縮めるのが上手い後輩は常に楽しそうで、なんだか泣きそうになる。
良い先輩ができていたとは言えないけれど良い子達ばかりだからそれなりに懐いてくれていたと思う。それでも、こんなにダメダメな私にも優しくしてくれるなんて思ってもいなかったから、戸惑ってしまう。これじゃどっちが先輩でどっちが後輩かわからないな。そう言ってため息をつくと、彼は「いいんだよ、それで」と嬉しそうに笑った