「さんってさ、英二と付き合ってるの?」
そう初めて聞かれたのはいつだっただろうか。はっきりとは覚えていないが、小学生の頃はこれまで数えきれないくらいその質問を投げかけられてきたことは確かだ。聞かれる度に彼の顔が頭をよぎる。
その度に「そうだよ」と言いたいと何度思ったか。
それでも、それは自分自身の幻想でしかないから、いつもぶっきらぼうに「別に、そんなんじゃないよ、」と答えていた。
♥
それは、中学三年生になって1ヶ月と少しが経った五月の爽やかな風が吹く朝のことだった。いつも通り家を出ようとしたところを母親に呼び止められる。
「ちゃん、菊丸さんのところの英二くんと同じクラスになったのよね? さっきゴミ捨て場で奥さんと会ったんだけどね、奥さんがお弁当のお箸、英二くんに届けて欲しいって」
「えっ!? は!? な、なんで私が、」
「あそこのお家、お兄さんもお姉さんも全員卒業しちゃったじゃない? だからお願いって、」
「そ、そんな……、」
私が狼狽えても、有無を言わさずカラトリーケースを押し付けられる。嫌ではない、嫌でないんだ。でも、近頃彼と全然話してないから、もしかしたら嫌われてるんじゃないかなって気分になっちゃって、怖いんだ。
たぶん彼は早朝からテニス部の朝練に出かけているのだろう。同じ道で通学しているはずなのに、学校に着くまで彼の姿を見ることはない。
中学一年生のときに、こっちに転校してきてから初めて英二とクラスが離れ離れになった。母親は「せっかく同じ学校に進学したのにね」と言っていたけれど、別に、彼が居るから青学を選んだわけではないから全く問題ない。……というのは嘘。建前だ。本当はものすごく寂しくて、ものすごく不安でいっぱいだった。クラスが別れてから、彼との会話は激減した。『付き合ってるの?』なんて不躾な質問をされることもなくなった。まあ、青学は一学年十クラス以上ある大きな学校だから、当然といえば当然だけど。自然と自分のクラスとか部活とかで仲が良い友達を見つけてしまって、他のクラス・他の部活の子とはなんとなく疎遠になるものだ。
その頃彼を英二、と彼を呼び始めたのは、なんというか、意地、だ。
出会って最初の頃は「菊丸くん」なんて他人行儀な呼び方をしていたし、ちょっと慣れてからは「ねえ」とか「ちょっと」とか可愛げのない呼び方をしていた。それでも、小学生の頃から彼のことが好きな私がそんな呼び方で、彼の周りにいる中学生からの付き合いな人たちが下の名前で呼んでいるのがなんだか悔しくて。脳内で100回くらいシミュレーションしてから、みんなが呼んでる流れに合わせて、自然さを装って、そうして口にした彼の名前は少し震えていた。……今日はちゃんと名前を呼べるだろうか。
いつも通りの道を通っていつも通り学校に着く。いつも通りに靴を履き替えて、小さな手提げバッグに入った黒っぽい色のカラトリーケースを見て、いつも通りじゃないんだと実感する。鼓動が早くなる。最初の授業の始業前、「ねえ、英二」となるべく自然体を装って呼びかける。震えた声をしていないだろうか、眉間に皺は寄っていないだろうか、と私が表情を整える間も無く、彼は勢いよく振り向いてしまう。
「!? な、何か用?」
「何驚いてるのよ、……おばさんがお弁当のお箸わすれてたよって、預かってきた」
「あ、ありがと、」
「……別に、」
それだけ言って大慌てで席に戻る。嗚呼、なんとも不機嫌そうな言い方をしてしまった。本当は話したい事いっぱいあったのに、全然うまくいかない。悔しい、やり直したい。……それでも、久しぶりに彼と話すことができたのも事実だ。全然会話は続かなかったけど。もっと上手くやれていれば、もっと素直になることができればって後悔ばかりだ。プラスチックのケースがカチャカチャと鳴る音が、いまだに耳に残っている。
○
それから数日後、授業の合間の休憩時間、教室移動から戻ってきた私に声をかけてきたのは彼……ではなく、彼の隣に立っていたクラスメイトで彼と同じテニス部に所属している不二周助くんだった。
「ねえ、『』、僕ら来週部活の試合なんだけど、見にこない?」
不二くんの誘いは唐突だった。不二くんとは一年生と二年生の時も同じクラスだったけど、こうして『』と呼び捨てで呼ばれたのは初めてかもしれない。大抵の女子のことを『さん』付けで呼ぶ人だ。不二くんファンの女の子に殺されてしまうという気持ちと、彼の隣にいる英二が所在なげにこちらを見ているのがいたまれないという気持ちと、いろんな気持ちがないまぜになって何も答えることができずにそわそわしてしまう。そんな私をよそに、不二くんはどこか楽しそうに続ける。
「というか来るよね? 帰宅部だから、特に用事もないでしょ」
この男は人の休日をなんだと思っているんだ。私がイエスもノーも言わないうちに、「はい、決定。僕らの試合、十時からだから」と一人でウンウン、と頷いて自席に戻ってしまった。戸惑う私と、居心地が悪そうな英二が残される。私も席に戻ろうと、踵を返しかけたところで「ねえ、」と彼に呼び止められる。
「ねえ、、来るの? 試合、」
「えっと、どうしよ、かな、」
「来なよ、」
「えっ、」
行っていいの? と思わず聞いてしまった。だってなんだか、彼にとっての『テニス』は私が踏み込んではいけない領域のような気がしていたんだ。でもそう思っていたのは私だけみたいで、彼は「なんでだよ」と言ってくしゃりと笑い、私の顔を正面から見る。こんな近くで彼の笑った顔を見たのはずいぶん久しぶりだ。
「いいよ、ダメなわけないだろ、」
その言葉で、少しだけ体温が上がる。なんと単純なんだろう。「じゃあ、行こっかな」と呟いたところで、次の授業の始業のチャイムが鳴る。慌てて席に戻っても、体は熱いままだ。来週が待ち遠しい。
♥
テニス部の地区大会の日は梅雨の前触れのようにじめじめしていて、加えて連日の気温の高さもあって非常に蒸し暑かった。姉にヘアアイロンを借りて、髪の毛を巻いてみようと思ったけど、これだと湿気ですぐにみっともなくなってしまいそうだ。大人しく、いつも通りの二つ結びを作る。日焼け対策ってどれくらいして行くべきなんだろう。日傘をさしたいけど、なんだか場違いになりそうな気がする。いや、この雲行きだったら日傘よりも雨傘を持って行った方が良いのかな。たかが数時間の外出だ、試合会場に行ったって彼と話をする時間があるのかもわからない、そのはずなのに、考えることが多すぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
電車を乗り継ぎ何も考えずに会場までたどり着いてしまったけれど、テニスのルールなんか全然わからないし、テニス部の人の名前もほとんど知らない。それでも彼の言葉一つでここまで来た。来てしまった。青学の試合会場はすぐに見つかった。どうやら、シード校である青学はかなり周りに注目されているようで、人が集まっているコートを覗いたらそこで見覚えのあるトリコロールカラーのユニフォームの選手が試合をしていた、というわけだ。自分の学校のテニス部がこんなに強いんだってことさえ、私は知らなかった。そんな人間は私ただ一人みたいで、日傘をさしていなくても場違いみたいな気分だ。カーディガンの裾をぎゅっと握りしめる。なんだか情けない。
青学の試合だから、もちろん彼もすぐそばでチームメイトの試合を見ている。遠くからその姿を見る。どうやら、彼は二試合目にダブルスで出場するらしい。彼がダブルスプレイヤーだということも、周りにゴールデンペアと呼ばれているコンビの片割れなのだということも、この時初めて知った。私は知らないことだらけだ。
ぐるぐると、いろんなことを考えているうちに、準々決勝・準決勝が終わってしまった。持参したコンビニのおにぎりを開封しながら、深いため息をつく。彼に「おめでとう」とか「決勝も頑張って」とか伝えた方が良いのかな、とも思うけれど、足が言うことを聞かない。青学のジャージの集団が居る方とは反対方向へ歩いて行ってしまう。彼と話したいけど、話したくなかった。対戦相手やダブルスパートナーと真剣に向き合っている彼の邪魔したくないとかそんな大和撫子っぽい可愛らしい感情じゃなくて、もっと子供っぽくてヤキモチ妬きの醜くて面倒くさくて目をそらしておきたいこっそり蓋をしておきたい感情。『彼にとってテニスは私が踏み込んではいけない領域のような気がしていた』だなんて綺麗事だ。彼が今一番大事にしていることが何なのかってことに、気づきたくなかった、目を向けたくなかった、ただそれだけ。きっと今の私はひどい表情をしてるから、顔を見られないように、決勝はなるべくコートから離れた遠くの方に座った。それでも彼が決勝のコートに入る直前、少しだけ目があったような気がする。
♥
帰り道は行きの倍以上時間がかかってしまった気がする。たぶん気のせいだろうけど。何もしていないはずなのに、どっと疲れていて、深いため息をついてしまう。
家の近くまで戻ってきて、一番初めに話をしたのは英二のお母さんだった。曰く、私が試合に行くと彼から聞いていたから、感想を聞こうと待ち構えていたらしい。私はそんなに面白いこと言える人間じゃないのに、と言ったら「いいから、いいから、楽しかった?」とニコニコの笑顔で聞かれた。ちょっと苦笑しながらも頷くと、ますます嬉しそうな顔をする。
「図々しくもここで待っててよかったわ、ちゃんの感想を聞いてみたかったの、」
そう言って笑う顔がなんだかすっごく彼にそっくりで不思議な気分だ。親子だから当たり前なんだけど。
「それでね、ちゃん、図々しいついでにおばさんから一つお願いがあるんだけど、」
「……お願い?」
「英二ったら、傘を忘れて試合に行っちゃったみたいなの、今から打ち上げを河村さんのところのお寿司屋さんでやるみたいだから、終わりそうな頃にそこまで届けてくれないかな、ほら、夕方からまた雨が降りそうだし」
私が頷く前に、あれよあれよと言う間に傘と地図を手渡され、お願いね! とウインクされてしまった。なんで私が、とか、他にもっと適任がいるはず、とかいう口を挟む隙すらなかった。ぐいぐいと物事を進めていく、ただし相手の負担にならない程度に、そんな所は彼に似ている。去り際に「頑張ってね!」と手を振られた。ちょっとだけ、気分が上向きになる。……もしかして、この時、全部わかってたのかな。自分の息子が今何に夢中になっているのか、目の前に居る息子の幼馴染みが息子のテニスの試合を見てを見て何を思ったのか。だとしたら、なんというか、母親って、大人の女ってすごいや。
地図に従って辿り着いたのは、ちょっと高級そうなお寿司屋さん。何度か前を通ったことはあるが、立ち止まってまじまじと見るのは初めてだ。そろそろお開きの時間だろうか、普段あまり必要だと思うことはないけど、こういう時携帯電話を持っていないと不便だ。
ずっと立ったままでいるのも所在ないし、暖簾の先の引き戸を開けるのも憚られるし、店の前を何往復もしてしまう。側から見たらきっとものすごい不審人物に見えるだろうから、人気の無い通りでよかった。薄暗い雨空の中で、私のピンク色の傘だけがやたら鮮やかな色をしていて、なんだか別世界に来てしまったみたいだった。
しばらくそんな風にうろうろしていたら、何人かの男の子が寿司屋から出てきて私の横を通り過ぎていった。あの小柄な彼は決勝で目を怪我していた越前くんだったか。ただの通行人である私なんかには目もくれず、道を歩くテニス部の男の子たちの中に、彼の姿は無い。私が気がつかないうちに、帰ってしまったのだろうか。そう思って急いで店の方へ視線を戻す。と同時に、見覚えのある外ハネが寿司屋の暖簾をくぐった。雨除けにするためにラケットバッグを頭の上に掲げた彼に、無意識のうちに「英二、」と声をかけていた。今日は自然に名前を呼べた気がする。雨音が心臓の音をかき消してくれていたから、そう思っただけかな。
「やっぱり、傘忘れてたんだ」
「……、」
名前を呼ばれるだけで、ちょっと浮かれてしまうから、我ながら単純な思考をしていると思う。じぶんのピンク色の傘をさして、反対側の手に青い傘を持って、彼と向き合う。緊張していることを隠そうとすると、不機嫌そうな表情になってしまうことは自覚している。きっと今の私はものすごく可愛くない。そんな表情を彼に長い時間見られたくなくて、傘を押し付けて、そのまま踵を返し、ひとりで帰ろうとする。足下の水溜まりに波紋が広がる。だけどそんなの、優しい彼が許してくれるはずなくて、手を伸ばされてしまった、呼び止められてしまった。そしたらもう私は、それを無視して帰ることなんかできやしない。
「まってよ!」
「……何?」
傘をさしたまま振り返る。この人はこんなに背が高かっただろうか、と改めてちょっと驚く。彼はちょっとだけ笑って、仏頂面の私を優しく手招きする。なんとなく、彼が次に何を言うのかわかっていた。それでも、彼の口からその言葉が聞きたくなってしまって、私は何も言わない。
「あのさ、一緒に帰ろうよ、」
すっごく久しぶりに、英二と並んで歩く。多分小学生の頃以来だ。不器用で人見知りな私はこういうときどういうことを言えばいいのか全くわからなくなってしまっている。早く家まで帰りたい、まだ家に帰りたくない、いろんな気持ちが綯い交ぜになって、胸の奥の方がぐちゃぐちゃになって、落ち着かない。
「ごめん、ここまで結構遠かったでしょ」
「別に、へーき」
「……そっか、」
会話が続かない。視線がかち合わない。手に持った傘のせいで余計に。前はそんなことなかった気がするのに。もどかしくて、難しい。もし、クラスが別々だったこれまでの二年間もっと自分から積極的に英二とちゃんと向き合ってたら、もっと普通に話せてたのかな、と思うけど、この期間の私たちが覆ることはない。
それでも、この沈黙が苦痛だってことは全くなくて、むしろ心地よくて、緊張のせいでじんわりと手に滲む汗でさえ愛おしくなってくるような、そんな気がして、傘の陰に隠れてこっそり笑った。
気がついたら、家の近くまでたどり着いていた。いつも通りの道のはずなのに、彼と歩いているとあっという間な気がする。昔からそう、彼といると時間が矢のようにすぎて、放課後のチャイムから夕暮れまでが一瞬のように感じられた。
もっと一緒に居たい、まだ話したいことはたくさんある、いろんなことがぐるぐる頭を巡って、「じゃ、また月曜日、学校で、」と踵を返そうとする彼を思わず「まって!」と呼び止めてしまった。
彼は勢いよく振り向いて目を瞬く。呼び止めるつもりはなかった、無意識だった、そう言っても口に出してしまった言葉は覆らない。視線を合わせようと顔を覗き込んでくる彼から目をそらす。
「何?」
「な、なんでもない、」
気づかないで、気づかないで、気づいて欲しい。なんと甘ったれた考えなのだろう。何でもないことを言おうとしているだけなのに、彼を目の前にしているときに湧き上がってくるこの感情は、簡単なのに難しくって、複雑なのに単純だ。
「何でもないわけないだろ! 何かあった?」
「……別に、」
「……俺なんかを怒らせるようなことした?」
「そんなんじゃない! そんなんじゃないんだけど……!」
違うよ、そうじゃないんだよ。口ごもる、うまく言えない、言葉が見つからない、思ってることを知ってもらいたいだけなのに。……そんな時でも、彼は優しい、いつだってそうだ。深呼吸して、できるだけ穏やかな声で、問いかけてくる。
そんなところに、ずっと恋をしている。
「……じゃあ、何?」
顔を覗き込まれると目を逸らしてしまう。それでも、伝えたいことは私なりにきちんと頭の中で整理されてきたから、意を決してゆっくりと口を開く。一字一句全て伝わるように、雨音にかき消されないように、一歩彼に近づく。距離が、近い。
「あの……、今日は試合観れてよかった、ありがとう、また観に行くから、って、それだけ、言いたかったの」
それだけ言って下を向いてしまう。半分本当で、半分嘘だ。ヤキモチ妬きで甘ったれな私は、テニスなんて、彼がこっちを向いてくれない時間なんて、全然楽しくなかったって言ってる。それでも、彼が何に真剣になっているがわかったから、真剣な彼の姿を観ていたいって、観に行かなきゃって、そうしなきゃ彼が真剣な目でこっちを観てくれた時に絶対に気がつけないって、そう思ったから、多分私は次も電車を乗り継いで少し高い位置にある観客席からテニスコートを見下ろすのだろう。
慣れないことを言って顔が真っ赤になっているのが、自分で鏡を見なくてもわかる。つま先ばかり見ていたから、彼が「そっか、」と密かに笑ったことに気づけなかった。
いつのまにか雨は上がって、空の端がオレンジ色に染まる。初夏と梅雨を飛び越すかのように一気に気温が上がったからか、はたまた突然の雨で気温が急に下がったせいか、道端のアジサイはほんのり青く色づいているのに咲くのを躊躇っているみたいだ。夕立に濡れた堅い蕾が雨粒を弾いて、そのまま地面に落ちる。
♥
あの日、英二と一緒に帰ったことはすぐに不二くんにバレていた。寿司屋の目の前であのやり取りをしたのだから当然といえば当然なのだけれど、正直かなり恥ずかしい。「素敵だったよ、恋人同士みたいで」と微笑む彼は面白がっているに違いない。それでも、試合を見るきっかけをくれたのは不二くんだし、不二くんのおかげであの日英二と一緒に帰ることができたと言っても過言ではない。それは、まあ、感謝はしてるけど。
「そうだ、僕が試合に誘ったんだから、もっと感謝の意を表明してくれもいいんだよ」
そう、不二くんがこんな感じだから、感謝はしてるけどなんだか複雑な気分なんだ。なんでこんなに上から目線なんだろう。……いや、それはそれとして、一つ気になることがある。満足げにしている不二くんに「そういえば、」と声をかける。
「今更なんだけど、なんで私を試合に誘ったりしたの?」
「えっ、なんでって、好きなんだろ、英二のこと」
「す、すすすす!?」
「あれ、違った?」
てっきりそうだと思ってたけど、と不二くんは首をかしげる。そうだけど、そうなんだけど、あまり話したことがない不二くんにバレているとは全く思いもしなかった。慌てふためく私を見て不二くんはくすくすと笑う。
「割とわかりやすいよねって、……あ、英二がって呼んでるから僕も呼んでるけど構わないよね?」
儚げなクラスの王子様な彼が、こんなにもぺらぺらとよく喋る人だとは、思いもしなかった。不二くんのことが好きな女の子たちは、こんな不二くんを見たらびっくりしちゃうかな。私は別に、儚げな不二くんのことが好きなわけではないから、こっちのほうが話しやすい。そんな思ったよりもおしゃべりなクラスメイトは思ったより野次馬でもあるようで、苦笑いする私を「それで、どうなの?」と問い詰めてくる。
「で? 結局二人は付き合ってるの?」
いろんな人に何度も聞かれた問いかけだ。久しぶりに聞かれた。聞かれるたびに、彼の顔が頭をよぎる。「そうだよ」と言いたいと何度思ったか。握りしめた傘の感触が蘇ってくる。でも、それでも、やっぱり……。
「……別に、そんなんじゃないよ」
何秒か考えてから、また、そう答える。
だけど今回だけは、『今はまだ』が頭についている、優越感とか独占欲とかそんな諸々が混ざり合った幸せな『そんなんじゃない』だった。とっておきの「そうだよ」は堅い蕾が花開く時まで大事にしまっておこう。