私、には小学生のころから好きな人が居る。
彼は明るくて、人気者で、お調子者で、そして誰にでも優しい。
そう、『誰にでも』なのだ。
私は彼の『特別』にはなれない、ってずっと思ってる。
○
これは、私が高校生になった直後の話だ。とはいっても、私が通ってた青春学園は中高大一貫教育だから、気持ち的には中学生のころとほとんど変わりがない。
もちろん、他校の進学生や、外部の高校へ進学していった生徒もいるが、私の周りはほとんど変わりがなかった。同じ校舎の中に二学年上の先輩たちが居て、久しぶりに話をしたり、その流れで部活に勧誘されたりするから、むしろ、中学一年生のころにタイムスリップしたようなそんな気持ちだった。
そんな中、中学生のころとは明らかに違う気分で高等部の正門をくぐったであろう人物が、私のすぐそばに居た。彼、菊丸英二は三年間テニス部でダブルスを組んでいた相棒を失った。いや、相棒である彼は青学の高等部ではなく部の高校に進学しただけだから、失ったというのは大げさか。……本人にそう言えば「大げさなんかじゃないよ」と言われそうだけど。「大石が居ればなあ、」という言葉とため息を聞いたのはこれで何度目だろうか。
「……そんなに私じゃ不満?」
「いやっ、不満じゃないけどさ~! やっぱり落ち着かないというか、慣れないというか、なんなんだろうなぁ~!」
「……ふぅん、」
まったく、皮肉な話だ。昔からずっと欲しかった、好きな彼の『特別』が、中学に入って突然現れたダブルスのパートナーにあっさり奪われてしまうなんて。
勿論、彼らの間に思慕とか、恋愛感情とか、そういう気持ちがあるわけではないことは理解している。ただ、彼等のすごしてきた三年間で培われた信頼関係とか、絆だとか、勝利の喜びだとかは、彼等にしかわからない。彼等だけの『特別』。では代替えにはなれないのだ。
私の方が付き合いが長いんだぞ、だなんて死んでも口に出せない、出すわけがない。
妬みや羨みという感情は、とうの昔に通りこしていた。
それでもやっぱり、最大のライバルが居なくなった今なら、もしかしたら自分が彼の特別になれるかもしれないと期待してしまうから、自分の面倒くさい生き方や性格の悪さを改めて自覚する。「ほんと嫌な奴、」という呟きは春風に舞う桜にかき消された。
「、何か言った?」
「なんにも!」
私の面倒くささや性格の悪さは、長い付き合いの彼は重々承知ではあるだろう。が、できることならこれ以上自分の嫌な部分を知られたくない。好きな相手に、嫌われたくない。
だから私は自分の中でぐるぐると渦巻くどろどろな感情に蓋をする。誰にも見えないように心の奥にしまう。その結果、口から出る言葉がぶっきらぼうで素直じゃない物になってしまい、下手くそだなあと一人で落ち込むことばかりだ。
ため息というものは伝染するのだろうか。先程の彼のように、思わず下を向いて「はぁ、」と息を吐いてしまう。
♥
「新学期早々辛気臭いよ、」
聞き覚えのある穏やかな声が聞こえ、私と英二が振り返ると、不二周助が「やあ、」と片手を上げてそこに立っていた。
「二人してため息なんかついて、折角高校生になったんだからもっと前向きにいきなよ、英二も、も」
「えっ、俺ため息なんかついてた?」
「……仕方ないでしょ、いろいろあるの、いろいろ」
二人の異なる反応に「まあ原因は、大体わかるけどね、」と言ってクスリと笑う不二くんはとても狡い男だと思う。
不二くんは、私の英二への気持ちを知っている。というか、いつの間にかばれていた。「むしろ誰にもばれていないと思っていた方が驚きだよ、」と笑われたのはいつのことだっただろうか。「二人とも本当に分かりやすいからね、」という言葉は、その時にも言われた気がする。
「それはそうと、また同じクラスみたいだね、僕たち」
そう言って不二くんは昇降口に張り出された大きな用紙を示す。確かにそこには、菊丸、不二、そしての三人の名前が記載されている。中学の最後の年と同じだ。悪く言えば新鮮味はない、が、仲が良い人物が教室に居ればそれだけで学校生活の過ごしやすさは段違いだ。クラス分けを決めた教員に密かに感謝する。
「まあ、今年も変わらず、よろしく頼むよ」
「うん、よろしく~」
そう言って笑い合う二人を見て、私は胸元でちいさく握り拳を作る。
環境も、周りの人も、クラスだって、中学生のころとほとんど変わりがない。
だけどそんな中で、今年は、今年こそはいつもと違った『特別』にしたい。少しだけで良いから、嫌な奴な自分を卒業したかった。大きく深呼吸して、いつもより少しボリュームを上げて声を出す。まずはここが第一歩だ。
「私も、よろしく!」