Naturesince.2010.07.04

Why did you marry me?

Why did you marry me?

 酔っ払いというものは大変面倒臭い。そう思ったことは何度もあるけれど、ここまで心の底からひしひしとそう感じたのは初めてだ。

 梅雨がなかなか終わらない。例年より一週間ほど遅くなる予報らしい。そのくせ気温はそれなりに高いから、じめじめと蒸し暑い。明後日くらいに終わってくれないかな、そう思いながら俺がいつもよりちょっと遅く家に帰ると、いつも灯りがついていてあの子が照れ臭そうにしながらも出迎えに来てくれるはずの玄関は真っ暗闇で、誰も居なかった。その代わりそこにきちんと揃えて置いてあったのは、見覚えのある男物のスニーカー。そして、リビングから漏れるほのかな灯り、部屋の奥から聞こえる小さな泣き声うめき声。それだけで俺は、いまこの家で何が起きているのかを察して深々とため息をついた。ガチャリ、とドアを開けると予想通り、不二周助が我が物顔でソファーを陣取り、酔いつぶれたあの子……を面白そうに観察していた。
「あ、英二、お帰り、遅かったね」
「……いつから飲んでるの、不二」
「ついさっき、かな?」
俺がちょっとだけ怒りをにじませた声色で聞くと、不二は楽しそうにクスクス笑って答える。嘘をつくな!『ついさっき』でこんなにもチューハイの缶が辺りに転がっているわけがないだろう!そう叫びたくなるのを飲み込んで、俺はまたため息をつく。昔の自分が見たら「幸せが逃げちゃうよ」と笑うだろうか。
「あ、英二芋焼酎開けていい?」
「もう不二は早く帰って!ほら、ちゃんは空き缶片付けて!!」
「やだぁ、」
俺が色とりどりの缶を片付け始めだ途端不二は嘲笑うように芋焼酎をグラスに注ぎ、ちゃんはハッピーターンを机の上に並べて模様を作りはじめた。思わず「子供か」と呟くと、不二はますます笑い、ちゃんはますます子供のように拗ねる。
「さっきからずっとこんな感じなんだよね、ウケる」
「ウケる、じゃない!」
「英二、声大きい、あたまいたい……もう私、ここで寝る……」
「寝るな!もーーだから前に言っただろ不二!俺がいないときにこの子にお酒呑ませないでって!」
「ふふ、そうだね。でもさ、見て英二。今のすっごい面白い」
「面白くない!し、じゃない!」
「いや、まだでしょ?式、来週なんだし。書類もまだ出してないんだろ?」
「そうだけどー!そうなんだけどーー!もーーッ!」
イライラと声を荒げてしまう。不二という男は元々面倒くさい部類の人間だけど、今日はますます面倒くさい。
「ううう、英二、なんで怒ってるの、」
「怒ってない!……いや、怒ってるけど!」
不二の扱いに困り果てていたら、今度は子供のようになってしまったちゃんがぽろぽろと涙を流しはじめた。なんだこの空間は。というか、この子に泣かれると普通に焦ってしまう。
「……英二は、わたしが嫌いなんだ……、そうだよね、こんな面倒くさくて、素直じゃない女……、」
「う〜んたしかに、はめちゃくちゃ良い女ってわけじゃないよね、甘めに採点して中の上くらいだ」
「嫌いじゃない、嫌いじゃないから!不二も余計なこといわないで!」
「嫌いなのになんで結婚したの……?同情心……?」
「ほらーー!こうやって面倒くさくなるからあんまりお酒飲ませたくないんだよ〜〜」
は俺以外嫁の貰い手ないだろうから〜〜って思って結婚したんでしょ!このお人好し〜〜!もうやだ〜〜!」
「かわいそうな……、よしよし、芋焼酎飲む?」
「飲む……、」
「飲ませるな!」
そんな半端な気持ちで結婚したわけないだろ!なんて言っても、今のこの子には伝わらないんだろうなあ。なんてもどかしくて面倒くさいんだろう!「あーーもう!」と頭を掻きむしって、俺はもう一度声を荒げる。
「不二、もう帰って!ちゃんは早くシャワーでも浴びて寝るならベッドで寝て!」
「え〜、英二は冷たいなぁ、」
「やだぁ、まだ飲める……、」
「なんでもいいから、ほら、立って!歩いて!頭を冷やして!」
ふわふわとした足取りの二人の背を押しながら、ダブルスのパートナーだった男の顔を思い出す。同窓会でべろべろになってしまう俺たちの介抱をいつもしてくれている彼に少しだけ感謝した。
ちゃんを脱衣所に押し込んで、不二を玄関から追い出して、ようやく肩の力が抜けた。と同時に、さっきの二人との会話が頭に蘇ってくる。もうすぐ籍を入れようとしているのに、なんと不穏な会話だろう。
「なんでわかんないんだよ、」
独り言を放って、ふて腐れた子供のように唇を突き出してみる。俺はこんなにも、あの子のことが好きなのに、全部空回りしてるみたいだ。
フローリングの上に座り込む。蒸し暑い夜に、その冷たさが心地良い。