Naturesince.2010.07.04

Sunshine Sunshine Sunshine

君のハートまで届けほら

 家とは反対方向へ行く電車に乗って二時間、そしてバスに乗り換えて十五分、さらに五、六分歩いて海水浴場にたどり着いた。当然のことながら、周囲は真っ暗でほとんど誰もいない。それでも……いや、だからこそ、なんだかわくわくしていて、気持ちが落ち着かない。静かに響く波の音と、遠くの外灯にうっすら照らされた砂浜と、闇を吸い込んでしまったかのような色をした水面、そして見上げると淡く光る星と月。今夜は満月だ。旅行雑誌の写真で見るようなキラキラした光景ではないけど、二人で海にいるという事実があれば、なんだかそれで十分のような気もする。
「夏だから、夜でも花火してる人とか、海見に来てる人とかいるのかと思ってた」
「そだね、でもさ、これでも楽しいよ、俺は」
細い指に自分の指を絡める。所謂恋人繋ぎってやつだ。
何度もやってるはずなのに、手を伸ばすときはいつも心臓が浮き上がるような気分になって落ち着かない。俺よりも一回り小さな手にそっと力がこもったとき、やっといつも通り息ができるようになる。……なんだか情けないから、このことはには秘密だ。

 そんな感じで、ゆっくり浜辺を歩いていたら、最終バスの時間をすっかり忘れてしまっていた。
駅から少し離れているせいもあってか、この辺りの交通手段は都内と比べて随分早い時間に無くなってしまうようだ。海岸から見える位置にある道路を走るバスは、無情にも俺たちの視線の先を通り過ぎていってしまった。に「……あれってもしかして、今日の最後のバスじゃない?」と言われるまで帰りの手段のことを全く考えてなかった俺も悪いんだけど。「まじかよ」というつぶやきはさらさらとした砂浜に沈んで消える。
「ど、どうしよ、ここから駅まで歩いて帰ると結構遠いよね? ってかそもそも、終電って残ってるのかな、」
そういって俺が焦ってオロオロしていると、はおもむろに携帯電話を取り出してポチポチと文字を打ち、何かを調べはじめた。
「……泊まって帰る? 近くのホテルとかに」
「は!? ほ、ホテル!?」
「……ビジネスホテル」
いや、うん、わかってたけど、わかってたけど! そりゃそうだよな。どういう反応を返すのが正解かわからなくなった俺が「ああ、」とか「うん、」とかなんとも曖昧な声をあげている間にはサクサクと電話をかけはじめた。何度か受け答えして、こちらをちらりと見てくる。
「……二人部屋、空いてるって。終バスもう終わってるから三十分くらい歩かなきゃだけど……大丈夫よね?」
「えっ、まってまって、展開が早すぎない?は大丈夫なの?」
「明日はもともとバイトも実習も休みだし」
「そうじゃなくて! いやそれも大事なんだけど! もっとなんというか……! 女の子って外泊する時色々準備するモンなんじゃないの!? シャンプーとか! 化粧品とか!」
「……まあ、事前にわかってる時は用意するけど……、別に平気じゃない?それくらいのものだったらコンビニで買えるし……」
「……そう、」
なんだか今日はの行動力に驚かされることばかりだ。昔はあんなに何かをやろうとするたび不安そうな顔をしていたのに、今はなんというか、平然としすぎじゃないか? なんだかうまく自分の中で咀嚼できなくて、ずっと遠くの水平線をぼんやりと見つめてしまう。真っ暗だとおもってた海は、月明かりを反射してゆらゆら揺れていて、すごく幻想的だ。
「何してんの、早くしないと日付変わっちゃうよ」
そう呼びかけられて、ようやく水面から目をそらす。もうなるようになれ、だ。
慣れた靴で来ていてよかった。下ろしたての靴だったらきっと、歩いている間履き心地とか靴擦れとかが気になって、目の前のこの子に集中できなくなってしまう。

 三十分かけてたどり着いた宿は、ホテルというよりも民宿みたいなこじんまりとした建物だった。
出迎えてくれた無愛想なおじさんは部屋の鍵を渡してきた後「部屋が汚れていたら別料金となりますので」と低い声でつぶやいて、こちらをギロリと睨みつけてきた。イチャつかれて部屋をめちゃくちゃにされたら困るとかおもってるのかな。その辺りは、まあ、なんというか、安心していてほしい。俺はこういう場所で事に及ぶことができるほど、開き直ることはできていない。……なんとも情けない話だけれど。

 案内された部屋は中学の頃、部活で合宿に行った時に泊まった部屋によく似ていた。あの時はテニス部のみんなでワイワイ枕投げとかしたからそれに比べたら随分静かだけど。
途中で寄ったコンビニで買ったおにぎりを軽く食べてから、順番にシャワーを浴びる。そういう意味じゃないんだけど、そわそわしてしまって落ち着かない。一応、キスだって何度かした。そういうことも、まあ、そりゃ、それなりに。今日はそういうつもりで来てないし、たぶんこの子もそういうつもりではない。となると、必然的に、俺は……なんというか、言ってしまえば生殺しだ。
なんだか居た堪れない気分だから、急いで薄っぺらい布団を二組並べる。ほとんど目も合せないまま、会話もほとんどしないまま「もう遅い時間だから、おやすみ」とさっさと電気を消した。そういえばとはこうやって和室に布団を並べて寝るのは初めてなきがする。落ち着かないのはそのせいだろうか。ちらりと横を見ると成人式に向けて伸ばしているのだという彼女の長い髪が布団の隙間から見える。そっと手を伸ばして触れようとしてやめた。なんだか今はそういうことしない方が良い気がして。

 どんな夜の後も、必ず朝は来る。客室の古いエアコンは温度調節ができなくて、つけていたらとても寒く、かといって消してしまったらとても暑くて、なんだかよく眠れた気がしない。加えて、日が昇る直前くらいのキンキンに冷やされた部屋の中、寝ぼけたが寒さで人肌を求めてか自分の布団から毛布ごと転がり落ちて移動し、俺の腕を抱き枕のようにして眠りはじめたから、本当に睡眠どころではなかった。
そんなわけで、俺は半分寝ぼけた脳みそのままだったけど、安宿をチェックアウトして再びと共に海へ向かう。せっかく来たんだから明るい時間も見ておかないともったいないじゃん。

 昨日の夜と同じように、海岸沿いをゆっくりと歩く。未だ朝の早い時間だからか、他に海水浴客の姿は見えない、絶好のシチュエーションではあるんだけど、俺もも水着やサンダルを持ってきていないからTシャツにスニーカーだし、タオルも持ってきていないから不用意に水には入れない。せっかく海に来たのに、海らしいことは一つもできやしない。でも、それでも、潮風に揺れる色素の薄いロングヘアーには目を奪われるし、太陽の下で見るその手足の白い肌は眩しい。心臓が駆け足で音を立てている。まだ誰もいない、早朝の静かな海に、二人の足跡だけが増えていく。
「ねえ、次はちゃんと計画立てて海行こ、私も、ちゃんと水着用意するし、」
「そ、だね、」

 の言葉にゆっくりと頷く。我ながら歯切れの悪い返事をしてしまったと思う。勿論、今でも海に行きたいと思っている。けどさ、俺、気づいちゃったんだ。今はそんなことより目の前にいる大好きな女の子とちょっとでも長い時間側にいたいなあ、できれば毎日会いたいなあって気分なんだ。けど、はそんなこと全然気づいてないんだろうなあ。なんか俺だけのこと考えているみたいで悔しくなる。ぐるぐる悩みながらも、昨日と同じように、細い指に自分の指を絡める。このままこの手を離すことができなくなってしまえばいいのに、なんて、夢みたいなこと考えながら。