梅雨が明けてジリジリと太陽の日差しが強くなり始めた7月。と一緒に暮らし始めてから三ヶ月が経った。家事とか家の用事とかはもともとお互いやってたから役割分担で揉めたり、できなかった相手を責めたりという問題はなく、できる方ができることをやるという方式にすんなり落ち着いた。けれど、まあ当然かもしれないが、心情の面では未だに全く落ち着かない。家に帰ると彼女が『居る』生活にようやく慣れてきたとはいえ、この状況にまだちょっとだけ緊張してしまう自分がいる。いつも通りに振る舞えているか不安になる。……こんなことを言うと、本人だけじゃなくて、中学からの腐れ縁の天才とかにも笑われてしまうかもしれないけれど。
今日もいつも通りの朝だ。ニュースキャスターが『いってらっしゃい』と頭を下げるよりも先に家を出なければならない社会人の彼女は、こんがり焼けたトーストにジャムを塗りながら何やら難しい顔をしている。対する俺は金曜日は大学の授業がお休みでバイトも午後からだからめちゃくちゃのんびりだ。家事に関する悩み事とかだったら大抵は解決できるから「どしたの? なんか俺やっとくことある?」と問いかける。と彼女は「……う〜ん、」と否定が肯定かよくわからない唸り声を漏らし眉間にシワを寄せた。
「あのさ、英二は十一月って大学の時間割今と変わらないんだっけ?」
まさかそのような問いかけが来るとは思わなかった。少々面食らいながらも「十一月〜?」と少し前に教授から受け取って以来鞄に入れっぱなしになっていた来学期の予定表を引っ張り出して指でなぞる。
「ん〜、ちょっとは変わるかもだけど、火・金が休みなのは変わらないと思う〜」
「……じゃあ、最後の金曜日、バイトお休みできる? 予定あけといて欲しいんだけど……できれば土曜日と日曜日も」
「金曜日?」
なにかあったっけ、と首を傾げるが、彼女は何も答えない。何事もなかったかのように「ごちそうさま」と手を合わせて食器を片付け始めるから「あ、俺が皿洗いやっとくから、水につけて置いといて〜」と声をかける。多分俺が大学を卒業したらこういう風にのんびりこの子を見送ることもできなくなるんだろうなあ、としみじみ考える。「ありがと、」と小さく頷く彼女に「まかして〜」とブイサインを返して、もう一度予定表をぼんやり眺める。十一月の最後の金曜日って何かあったっけ?
朝の十五分ドラマが流れるテレビをしばらく無意味に眺めた後、皿洗いの後ちょっとくらい掃除でもするかと立ち上がって伸びをして、そうして気づく。テレビの横に置いてある共用のマガジンラックスの中に見慣れない雑誌がいくつか増えている。箱根とか熱海とか草津とか温泉地の名前が書いてあるものばかりだ。そして金属製の棚にマグネットで貼り付けてある年始から年末までの日付が行儀良く並んだカレンダーの最後から二番目の月の一番下の段が目に入る。なんで気がつかなかったんだろう。が本当に欲しかったのは金曜じゃなくて、
「……土曜日、俺の誕生日だ」
きっとあの子は、俺を旅行に誘う気だ。