屋上の『特別招待エリア』から地面を見下ろすと、眼下に見える25メートルプールの水面が徐々に夜闇に染まっていくのがよくわかる。ほんの少し涼しい風が髪を揺らし、遠くに祭りのざわめきが聞こえるその様が、夏の終わりの象徴みたいに思えて少しだけ切ない。
「ねえ、英二、」
ゆらゆらと揺れる水面を見下ろしていると不意にに声をかけられた。「何?」と返事をして彼女の方を向く。すっかり暗くなってしまったから横顔だけではコイツがどんな表情をしているのか分かりづらい。
「……英二はさ、夏休み楽しかった?」
花火を待つ間のなんでもない雑談、のような雰囲気だったと思う。本人の真意はよくわからないけれど。質問の意図を深く聞くことはせず、ゆらゆら揺れる水面を見つめる。
「……うーーん、どうだろ、ずっと部活してたからなあ、」
「ふふ、確かに、テニス部はずっと練習してたよね」
「楽しかった、といえば、楽しかったんだけどね」
俺たちは夏の全部をテニスに捧げた。見上げた夏の青空から視線を地面に戻すといつだって白いラインのコートがあった。それが嫌だったわけでは決してないし、そのことに誇らしさすら感じるけれど、大会が終わってしまった今、少しだけ寂しさを感じていることは確かだ。それはキャンプしたり海水浴に行ったりすることができなかったからなのか、コートを駆け抜ける日々があの日で終わってしまったからなのかは、自分でもよくわからないけど。
「……楽しかったなら良いんじゃない?」
「まあね、」
「たぶん、部活で英二たちみたいな経験できる人って、そんなにたくさんはいないよ、」
「そうかな、」
「うん、羨ましいよ、ちょっとだけ」
そんなことをから言われるとは夢にも思わなかった。も、自分からこんな言葉が出てくるとは思わなかった、みたいな表情をしている。なんだよそれ。どう反応して良いかわからなくなって、曖昧に笑ってしまう。
なんにせよ俺は夏が終わっても相変わらずテニスが好きだし、たぶんこれからもテニスを続けるだろう、と言うことだけは確かだ。たぶん目の前のこの女の子に何を言われたであろうとそうしただろう。
対する彼女は、俺がここで何かをいうことで何か変わるのだろうか、はたまた、何も変わらないのだろうか。それがよくわからない以上、下手なことを安易に口にできずにいる。
「……ねえ、、」
は夏休み、楽しかった?
そんな少し考えた末に口から出てきた俺の言葉を、花火の笛の音が遮る。空を彩る花火が水面に反射して、大きな音が響く。花火大会の始まりだ。
「……英二、何か言った?」
「なんにも!」
かき消えた言葉をもう一度繰り返すことはしなかった。だって、楽しくなかったって言われたら、なんだかちょっと後ろめたくなってしまうだろ。
花火が終わると一瞬であたりは闇に包まれる。なんだか、夏の終わりみたいだと密かに思った。