Naturesince.2010.07.04

Short Story

海を見に行こう

「海を見に行こう」

急に菊丸がそう言いだした。
が「なんで」と眉間にしわを寄せて聞くと彼は「えへへー」と何故か嬉しそうに笑う。

「海に行く前の日はさ、近くの旅館に泊まろう。二人でおんなじ部屋で寝て、夜は遅くまで喋って…徹夜でもいいな、で、朝一番のバス乗って、誰も居ない海に行きたい!」

楽しそうに指折りやりたいことを挙げて行く菊丸に、少しの心も動く。が、実際海はそんなに好きではないのだ。それに、街路樹もすっかり紅く染まるような季節だ。海辺の風はここよりもっと冷たいだろう。

「海なんて、行ってもなにもいいことないじゃない。」

つん、とした態度でそう言うと、菊丸は「そうかなー」と唇を尖らせる。少し不満げな様子だ。それを横目で見つつ、先刻の菊丸を真似て海に行きたくない理由を挙げて行く。

「夏はクラゲがいるし、風とかべたべたしてきもちわるい。今は冬だから、寒いし、遊ぶこともできないよ」

と、次々と指折り数えていたの手をそっと握って、その目を真っ直ぐ見た。突然のことに驚いて、は何も言えなくなる。

「でも俺は、と一緒に海見に行きたい。」

そう言って「だめ?」と菊丸が首をかしげる。
「だめなもんはだめ」と答えてはみたものの、恐らくこの計画は実行に移されるのだろう。
いやだいやだと言いながらも、旅行鞄を用意しなくちゃ、とか考えている辺り自分もまんざらではないのかもしれない。常に厚みがない財布を頭に思い浮かべ、は溜息をついた。

朝一のバスなんて、はじめて。そうが言うと、菊丸は嬉しそうに『俺も』とわらった。

前の日の夜は、遅くまでずっと喋っていよう、という計画だったが、二人とも布団に入った途端に睡魔に襲われ、気づいたらそのまま朝になっていた。菊丸は「残念、」とちょっと唇を尖らせたが、そう言いながらも、心の底から残念がっているわけではないと人の気持ちを察するのがあまり得意ではないでもわかった。
どんなことが起きても、二人でいればなんでも楽しいのだ。