One more more more

#04

 都大会の前日は夕焼けがとても綺麗で、『彼』と並んで見ることができたらと夢想してしまうほどそれは見事なオレンジ色だった。が、もちろんそんなこと青春学園三年生のわたしができるはずもなく、事務処理マネージャーは部室で手塚くんと二人で大会の準備に追われていたのだけれど。部長は今日の練習内容の記録と、対戦校のデータの確認。わたしは部室のロッカーや段ボールに乱雑に詰め込まれていた映像資料の整理だ。パソコンさえあればあっという間に終わってしまう作業だが、中学校の部室にそんなものがあるわけがない。地道な作業だ。収録されている内容は青学の試合から他校の映像まで様々。その中から明日以降対戦する可能性のある銀華中、聖ルドルフ、氷帝学園、山吹中の映像を探す。???

「この前試合した不動峰はビデオ撮ってるんだっけ?」
「撮ってはいるがダビングしてはいないはずだ。カメラに入っているデータを確認してくれないか」

 わかった、と頷いて機械とコードが乱雑に詰め込まれた箱の中からビデオカメラを引っ張り出す。小型カセットをセットするタイプのハンディカムやサインペンで手書きされたラベルの貼られたVHSに時代を感じてしまう。そういえば、これから先十数年後の技術に関する知識を持っているわたしは未来人ということになってしまうのだろうか。名のある有名企業とかに情報提供したらめちゃくちゃ稼ぐことができそうだけど、そういうことはあまり良くないことのような気もする。よくわからないけど。

 未来の技術だけじゃない。わたしは色んなことを知ってしまっている。この先青学が都大会でも関東大会でも全国大会でも優勝することも、その過程で手塚くんや大石くんが怪我をしてしまうことも、越前くんが記憶喪失になることも。『彼』に話を聞いた時はすでにみんな大人になっていて元気にしていたからそこまで深く考えはしなかったけれど、青学テニス部のみんなと一緒に過ごして、彼等の夢を、願いを、すぐそばで見ている『今』、その時が来るのがとても怖い。

 だから、だろうか、目の前にいるテニスに魂を捧げている人間に、ふと聞いてみたくなった。深い意味はない、けれど、

「手塚くんは、もしもテニスを忘れてしまったら、その日は何をしてると思う?」
「……急に何を言い出すんだ」
「ちょっと気になって。単調な作業ばっかりだと飽きてくるから、暇つぶしだよ」

 そう言って笑うと、手塚くんは数度シャーペンをカチカチとノックして考えるそぶりをしてからゆっくり口を開く。

「朝起きて、まずはトレーニングだ」
「テニスを忘れているのに?」

 勿論だ、と手塚くんは頷く。一切迷いのない目だ。

「そして朝食を食べて朝練に向かう」
「朝練、行けるのかな」

 手塚くんは部誌を書く手を止めてこちらを見る。いつもの無表情な彼だが、何を馬鹿なことを言っているんだというふうな表情に見える。

「全て忘れてしまっていても、テニスを好きだという気持ちを忘れてしまうことは決してないだろう」
「……そういうもの?」
「……俺は、青学の部員たち皆も、きっとそうだろうと思っている」

 マネージャーは違うのか? と手塚くんは首をかしげる。わたしがテニスを好きであると微塵も疑っていない風だから、少し苦笑してしまう。

「記憶がないなら、別のものが好きだと勘違いしてしまったりしないかな?」
「……ほかに代わりになるものがないだろう」
「……うん、そうだね、わかってるよ、」

 手塚くんのいうことは正論だ。彼らにとって、テニスに置き換えられるものは何もない。中学生の彼らと過ごして身にしみてわかった。わかってしまった。彼らは狂おしいほどにテニスが好きでたまらないのだろう。……それでも、羨ましくってたまらない。考えるたびに苦しくなる。『テニス』という概念に嫉妬してしまっている。?なんとも情けない話だ。

「……わかってるんだよ、」

 もう一度、今度は自分に言い聞かせるように呟いた。中学三年生の夏、この先一生かけたって手に入れることができない煌めきを求めて彼らは戦っている。それを咎めることも否定することもわたしにはできない。だってそれが未来の彼らを形作る一欠片なんだもん。

 それでも、明日もし、『彼』がテニスを忘れていたら、そのぽっかり空いた穴に自分が入ることができるのかな、なんて夢物語を描いてしまう。無限ループだ。

 こんなこと考えてるって『彼』にバレたら「冗談でもそんなこと言わないで」って怒られてしまいそうだけど。

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