This is DONUT

Mini Donut俺たちはドーナツポップ

 ドーナツの香りがする。

 日曜日は午後から自主練。のんびりだ。『自主練』と言われても、テニス部はみんなテニスが大好きな人たちだから、自然と部室に集まってしまう。……というわけで、本来お休みであるはずの私もみんなのことがちょっと心配になって、学校まで自転車を飛ばし、ドリンクの錬成に励んでいるわけだ。部員に乾汁ばかり飲ませるわけにはいかないからね。そんないつも以上にワイワイ騒がしい中、ドーナツ片手に現れたのが不二先輩と菊丸先輩だった。

「期間限定の辛いドーナツが食べてみたくて、英二についてきてもらってたんだよ」

 そう言って不二先輩は笑う。練習前の腹ごしらえ、と袋から取り出したドーナツは確かに真っ赤に染まっていて、見るからに辛そうだ。私の「うわあ」と菊丸先輩の「うわあ」が重なった。……ちょっと嬉しい。

「不二はよくこんなの練習前に食べるよな〜」
「うん、美味しいよ、英二も食べる?」
「食べない!俺は自分のがあるからいいもーん」

 がざがさと菊丸先輩が袋から取り出したのは、一口大のドーナツが6個入ってる可愛らしいアレだ。その可愛らしさが菊丸先輩の雰囲気と妙に合致していて、頬が緩んでしまう。と、「何笑ってんだよ〜」とジトッとした目で睨まれた。そんな風に睨まれても菊丸先輩は優しいこと知ってるから全然怖くはないんだけど、つい慌てて「べつに!なんでも!」と首を左右にブンブン振ってしまう。本当にただ、先輩のことを見ていたかっただけなのだが、何を思ったのか、彼はハッとしたような顔をして「ねえ、もしかして!」とキラキラした表情でこちらに視線を向けてきた。

「もしかしてもドーナツ食べたかった!?」
「えっ、いや!食べたいといえば食べたいけどそういうわけではなく!!」
「じゃー、この6個入りのやつ1個食べる?俺、クリーム挟まってるやつもあるし!」

 私があわあわと戸惑っていると「貴重な6個のうちの1個だからな!味わって食べろよ〜」と小さなドーナツが入った箱を差し出して先輩は笑う。優しくって、気遣い上手で、自分のことより他人のことを考えてしまう人だ。先輩を見ていると、私ももっと人に優しくしようと思える。私ももっと人のことよく見ようと思える。私ももっと……。

 そんなことを思いながら、ポケットの中の小さなチケットを握りしめる。今朝の新聞に挟まってた、カラフルなチケット。全てのドーナツが3割引になるおトクなものだ。
ここに入れっぱなしにしていては、いつまでも立ち止まったままだ。ドーナツを飲み込んで、もう一度しっかり菊丸先輩を見据える。

「……ねえ菊丸先輩、私ともドーナツ、一緒に食べに行ってくれませんか?」

 誘った後、沈黙になってしまうのがなんとなく怖くて、「割引券、ちょうど貰ったから、」とか、「6個のうちの1個をくれた、お礼」とか早口で言ってみた。本当はチケットがなくてもお礼とかなくても菊丸先輩とお出かけしたいんだけど、まずは小さくても大きな一歩だ。
先輩は、驚いたように目を何度か瞬いた後、「いいよ、」と優しく笑ってくれた。

 それから後のことは、あまりよく覚えていない。勢いよく、早口で、お礼を言って、不二先輩の「もしかして、デート?」という台詞を無視して、部室から飛び出したような気がする。

 誘ってしまった、いいよって言ってもらってしまった、多分今私は、世界一幸せだ。

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