This is DONUT

Golden Chocolat晴れの日はゴールデンチョコレート

 大石先輩に、部活の後残るように言われた。
 珍しいことではない。たぶん部誌に書き加えておいて欲しいことがあるとか、明日の校内試合の時のマネージャーの動きを確認したいとか、そういったところだろう。
 案の定、部誌に正レギュラー以外の部員の様子を書いておいてほしいと、そして明日の校内試合はランキング形式ではないから一年も参加させたいのでそのつもりでいてほしい、と言われた。よく気がつき、よく気が回る人だ。青学の部長は他を寄せ付けない強さである手塚部長にしかできないというのは部員全員が感じていることだろうが、青学の副部長も優しく常に周囲を見る目を備え持っている大石副部長にしか務まらないだろう。……それに対して、私はどうだろう。大石先輩はいつも「はよくやってくれている」と言ってくれるが、私ができることは誰にでもできることでしかない。現にこうして、副部長やみんなの負担を少しずつ増やしてしまっている。ちょっと落ち込む。

「一年は初心者も居るからなるべくラリーが続きそうな相手を選んであげて……うん、そう。……あと、……英二と最近何かあったか?」
「……はっ!?えっ!?」
「あ、いや、すまない、なんだか最近英二と話す時のがぎこちない気がして……、」

 唐突に菊丸先輩の名前が出てきて心底驚いた。とっさに何を返したか全く覚えていない。「なんでもないです」と「ごめんなさい」が入り混じったよくわからない日本語を口走っていたような気もする。そんな情なく無礼なわたしを見て、大石先輩はどういうわけか「ふふ、」と少し嬉しそうに笑う。

「大丈夫だよ、英二は優しいから」
「えっ、その、いや、そういうわけじゃ、」
「……じゃあどういうわけなんだ?」

 大石先輩はよく気がつき、よく気が回る人だ。私が菊丸先輩のことどう思っているかなんてお見通しなのかもしれないし、分かっていてあえて知らないフリをしてくれているのかもしれない、優しい人。大石先輩はそういう人だ。……今の言い方はちょっと意地悪だったけど。
そのような私の視線に「ごめん、ごめん」と彼は頬を掻く。

「少し意地悪いことを言ってしまったな、」
「……ほんとですよ、」
「悪かったって。……ただ、後輩には全員、幸せな思いをしてほしいなって俺は思うんだよ。桃にも海堂にも越前にも、勿論、にも」

 それだけは忘れないでいてくれ、と大石先輩は目を細める。……嗚呼、この人は本当に、

 部室から出て大石先輩と別れた私は深い深いため息をついた。大石先輩は優しい。良い人だ。私にはどうあがいたってそうはなれなくて、どうあがいたって菊丸先輩に大石先輩より近づくことはできないだろう。……いやそもそも、不二先輩や乾先輩より近づくことすらできない筈だ。後輩のマネージャーなんてそんなもの。選手との間にはどうしたって壁がある。それをさっきの大石先輩との会話の節々で実感させられてしまった気がする。……告白、とか、付き合う、とか、そういう気分ではなくなってしまった。
と、肩を落としていると、背後から「!」と名前を呼ばれる。
どこにいたって聞き間違えない。太陽のようにキラキラ愛おしいこの声は、

「菊丸先輩、」
「しょんぼりした顔すんなよ〜!大石に何か怒られた?」
「だ、大丈夫です!明日の校内試合の話、してただけだから……」

 いつだって、私のうまくいかないとかしょんぼり落ち込みとかを拾ってくれるのは菊丸先輩だった。彼も、彼のダブルスパートナーとはまた違う意味でよく気がつきよく気が回る人だ。優しい人だ。……だから好き、と言ったら『じゃあ何で大石先輩じゃないの?』と言われてしまいそうだけど、私は菊丸先輩が菊丸先輩だから好きなんだ。それは譲れない、曲げられない。
そんな私の重苦しいほどの思いにまだ気がついていないのだろう彼は、「そう?でもなんかあったら相談しろよな〜」と笑う。その笑い声が、少し下がる目尻が、好きだ。夏の太陽を浴びたチョコレートみたいにとろけてしまう。

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