彼とは

 下級生やクラスメイト相手によく見せている『きちんとした柳蓮二』が好きだ。だけど、柳蓮二はきちんとしているように見えて、部室に私たちテニス部三年しかいない時や、何かに集中しているときは他のことに関しては結構適当になってしまうようだ、ということに最近気がついた。
 適当でもそれなりになんとかこなしてしまえる人だから、気付くのに時間がかかってしまった。今日もそう。他校の試合データをまとめる彼の足元には空のペットボトルが何本か転がっている。それを拾い上げつつ、小さくため息をつく。部室に転がっている部員が出したゴミを拾うのはマネージャーの仕事ではないはずだ。だけど、なんというか、彼がそうさせてしまうのか、私がそういう性分なのか、ついついこうして『きちんとした柳蓮二』を演出してしまうのだ。
 拾ったペットボトル片手にそっと机に近づいてノートを覗き込むと、何やら難しい数式がギッチリと書き込まれていた。どちらかと言えば文系の人なはずなのに、何を好き好んでこんな大量の数字と向かい合っているのだろう。凡人の私にはよくわからない。
 だけど、彼の体の変化はとてもよくわかってしまうから、「爪、伸びてるから、それ終わったら切りなね」と声をかけることはできるのだ。
 それを聞いた柳くんは「暇ならお前が切ってくれないか」と手を差し出してきた。爪は伸びているが、目の前にかざされたすらりとした細い指はとても綺麗で、見惚れてしまって、ついつい頷きかけてハッとする、部員の爪を切るのもマネージャーの仕事ではない。
「柳くん、」
「なんだ、」
「……なんでもない」
 そういうことは自分でやってくれ、とか、頼むとしても相手を選んで欲しい、とか、言いたいことは山ほどあるけれど、『きちんとした柳蓮二』が好きな私は何もうまく言い返すことはできないのだ。
 爪切りあったかな、と部室に備え付けてある救急箱の中身を漁る。……ほんと、何やってるんだろうな。