
氷帝学園テニス部の部室はそこに住めるくらい設備が整っていると言っても過言ではないだろう。冷蔵庫だって、当然のように設置されている。
そんな白い機械の中に、テニス部マネージャーである私は毎週金曜日のためのお楽しみをこっそり入れている。今週はバニラのハーゲンダッツ、来週はイチゴのシロクマだ。毎日冷蔵庫を開けて、お楽しみのアイスを眺めて、『よし、金曜日までがんばるぞ』って気合いを入れる。その『よし、金曜日までがんばるぞ』ってやってる現場を部員に見られたら不審者を見たような顔をされるけど…これが一番がんばれる活力源なんだもん。見逃してよ。
そういうわけで、今日も冷蔵庫の扉を開けていつもの儀式をしようとしたところで昨日とは中身が変わっていることに気づいた。「あれっ」と思わず声が出る。
そう、今週のご褒美、ハーゲンダッツがなくなっているのだ。
「…ねー、がっくん、部室の冷蔵庫に私のアイス入れてたんだけど、知らない?」
「あー、それなら宍戸が食ってるの見たぜ。『それ、のだろ』って言ったら『のなら大丈夫だろ』って言って。」
「…まじかよあいつぶっころす。」

部室のすぐ外に標的(と書いて宍戸と読む)は居た。
「おいこら、宍戸、」とヤンキー風に声をかけると「なんだよ」とものすごく嫌そうな顔をされる。そういう顔をしたいのはこっちだっての。
「お前私のアイス食っただろ」
「は?え?あぁ…あのイチゴの…俺は食べてないぜ?」
「ちがう!イチゴじゃない!いや、イチゴも私のだけど、そうじゃなくて!ハーゲンだよ!ハーゲンダッツ!!」
そこまで言ってようやく宍戸は「あ、」と思い出したかのような声をあげた。わざとらしい。
「あー、あれな。」
「あー、あれな。じゃない!やっぱり犯人はお前か!」
「いいじゃねぇか、アイスの一つや二つ。」
「ハーゲンダッツは高級品なんだぞ!滅多に食べられないんだぞ!馬鹿にするな!二つ無くなってたら宍戸抹殺してるわ!」
ぎゃんぎゃん怒る私を見て宍戸は「物騒だな…」と小さくつぶやいた。なんだよ、なんだよ、どうせハーゲンひとつでガタガタ言うなとか思ってんだろ。ガタガタ言うよ!宍戸は跡部とかと一緒に居て金銭感覚狂っちゃったのかもしれないけど、私はまだ庶民で居たいの!ひとつのハーゲンダッツを大切にしたいの!
「というわけで、私のハーゲンダッツ返せ!」
「返せって…無理に決まってんだろ。ってか金銭感覚狂ってねーよ。」
「うー、私のハーゲンダッツ…」
地団駄を踏んでいると、宍戸は、「あー、もう、」と心底面倒くさいといった風な声を出した。
「仕方ねぇな、跡部に頼んでおいてやるよ。」
「嫌だ!宍戸が買ったハーゲンダッツじゃないと認めない!」
「意味わかんねぇよ!」
逆ギレモードな宍戸を無視してそっぽを向くと、諦めたのか宍戸もなにも言わなくなった。そうこうしている間に、練習開始時間になり、宍戸はコートへ、私は洗濯物を抱えて水場に向かう。
途中、長太郎に「宍戸さんと何かあったんですか」と聞かれたり忍足に「さん、自分、酷い顔やで、」と言われたりしたけど、ほとんど耳に入ってこなかった。
もう、宍戸なんかしらない!一生口きいてやんない!

とはいっても、中学生の「一生〜」という思いはほとんどの場合において、ごくごく短い時間で無効になってしまうもので、今回の私の場合は、早くも例の事件の次の日の朝、決意が打ち砕かれた。
みんなより朝早くきて、その日の練習の準備をするのがマネージャーの仕事。いつものように部室の鍵をあけて、自分のロッカーをあけるとそこには見慣れない紙切れが入っていた。
覚えのある下手くそな字で「冷蔵庫」とだけ書かれためもを見つけた途端、私はバタバタとその白い機械に近寄り、勢いよく扉をあけた。
そこには、予想通り、宍戸が食べたものと同じ味のハーゲンダッツ。そして、ロッカーの紙切れと同じ字で書かれた「ごめん」というメモ。
一瞬ですべてを理解して、ニヤニヤが止まらなくなってしまった。
それにしても、こっそりなんて卑怯だ。
だから、宍戸が部室に入ってきたと同時に、彼にタックルをかまし、部屋にいる人間みんなに聞こえるように叫んでやった。
「アイスありがとー!あいしてるよ、宍戸ー!」
宍戸は顔を真っ赤にしながら「ギャグのつもりかよ!寒いぞ!」と吐き捨てていた。

あれからどれくらいたっただろう、今でもあいつと喧嘩した日の深夜に冷蔵庫を開けると、そこにはいつもハーゲンダッツが入っている。
好きなものを覚えて居てくれるのは嬉しいけど、あまりにもワンパターンすぎてちょっと苦笑してしまう。
それでも、その小さなカップのアイス一つで彼を許してしまうんだから、私もワンパターンな人間なのかもしれない。
「アイスありがと、あいしてるよ、亮くん」
小さな声で彼の枕元で呟くと「ギャグのつもりかよ、寒いぞ」と眠そうな声が返ってきた。
…やっぱり明日の朝も怒ったふりをしていようかな。