
「跡部!ついでに忍足!良いところに居た!」
「アーン?なんだ。」
午前中は曇っていた空から雲が居なくなり、テニスをするのに最適な気候になった部活前。コートを眺めつつ跡部と今日の練習メニューについて話していたら、がバタバタと近寄って来て俺達の間に割り込んで来た。もうちょっと女の子らしい声のかけ方はなかったんだろうか。というか、『ついで』ってなんやねん。ついでって。
「ちょっとジロくんのことで相談が…。」
「ジロー?」
話題の人物ジローとは何を隠そう健全なお付き合い(多分)をしている氷帝の名物カップルである。ジローが寝言で告白したのにが返事をしたのがはじまりというのは、今ではほぼ全校生徒が知っている常識だ。みんなに知られているということにジローは兎も角は全く気づいていないようだが。
そんながジローのことで相談したいことがあるらしい。なにかジローに変なことでもされたのだろうか。あいつも一応、年頃の男子中学生やし。
「ジローがなんかしたんか?」
「なんかしたというか、なんというか…」
「なんだ、煮え切らねぇな、はっきりしろよ。」
俺と跡部が突っつくと、は「あー」とか「うー」とかいいながらも、下を向いてぼそぼそと話しはじめた。
「…あのさ、最近ジロくんが可愛すぎると思いませんか?」
「はぁ?」
思わず、間抜けな声を出してしまった。跡部も「何を言ってるんだこいつは」というような目でを見ている。
曰く、前からかわいいジローが最近ますます可愛くて、困っているらしい。…知らんがな。
「さっきもジロくん私の膝を枕にして寝てたんだけどさ、すごいかわいいの。どうしよう。」
「可愛いなら別にいいじゃねぇか。」
「よくないよ!すごくよくない!だって、女である私よりかわいいんだよ!困る!ものすごく困る!」
「困るって…。」
困ってるのは俺と跡部の方だ。…とは言えず、ものすごく困っているらしいの話に真剣に耳を傾けるしかない。
「あのね、跡部、女の子は誰でも、絵本の中のお姫様に憧れるものなんだよ。」
「それで?」
「だから、あんまりだと思わない?!私じゃなくて、私の王子様だと思っていた人が眠り姫だったなんて!」
「……あいつは姫って柄じゃないけどな。」
いや跡部、突っ込むとこそこちゃうやろ。なんやねん、中三にもなってお姫様て。はじめて聞いたわ。それに、ジローは姫どころか、王子って柄でも無いやろ。絵本に出て来そうなキャラクターで例えたら、居眠りが好きな羊さんとかそんな感じやろ。って、そうじゃなくて。
「ほな、はどうしたいん?というか、ジローにどうなってほしいん?」
「ジロくんにどうにか可愛さを減らしてかっこよさを増やして欲しい。」
「無茶苦茶やな、自分…」
「あと、欲を言えばジロくんに居眠りやめてほしい。」
「それは無理やな。」
「だな。」
が、「でも、」とか、「だって、」とかブツブツ言ってると「あ〜、ちゃん居た居た〜。」と気の抜けたような声がした。噂をすればなんとやら。芥川ジローだ。
「どこ行ったのかと思ったC〜。」
「ジロくん!どうしたの?なにかあった?」
「んー、起きたらちゃんがいなかったからちょっと寂しかっただけ。」
そう言ってジローはを抱きしめて、その頭をぐりぐり撫で回した。このままキスでもしてしまいそうな勢いだ。もちろん、の隣にいる俺と跡部は完全に無視されている。
「よっし、ちゃんぎゅーってしてたら目ぇ覚めた!テニスするぞー!」
ジローに抱きしめられて固まっているを他所に、ジローは「おー!」と1人で盛り上がって、ラケットを取りに行った。
「あっあとー、次はちゃんがちゅーして起こしてね!」
絶対!と念を押して、ジローはラケット片手にコートに向かう。途中振り返って「あ、跡部ー!あとで試合しよー!」と叫んでたから一応だけでなく跡部のことも目に入っていたようだ。…俺のことは最後まで無視かい。
いつも通りに我が道をいくジローをぼんやり見送ってから横を見ると、ありったけの砂糖を入れた紅茶を飲まされたような顔をした奴が1人と、頬に手を当てて耳までピンク色に染めてる奴が1人。
「跡部、忍足、」
の呼びかけに俺と跡部は「なんだ、」「なんや、」と同時に答える。は頬に手を当てたまま、俺たち2人を見てものすごく真剣そうな顔をした。
「私やっぱり今のままのジロくんが好きだ。」
「…そうか。」
の突然の告白に流石の跡部も動揺している。『そうか』だけでも言葉を返しただけ立派やと思う。俺はなにもうまい返しが思いつかなくてコメントすらできない。そんな俺たちの様子に気づいているのか、いないのか、は尚も大真面目な顔で「うん」と頷いた。
「うん、ジロくんがお姫様で、私が王子様でもいいや。ジロくんかわいいし。」
「……はいはい、そういう告白っぽいのは本人に言うてやり。」
しっしと追い払う仕草をすると、は「そういうこと言ったらジロくん調子に乗るから言わない。あと、『俺も好き』って言うジロくんかわいすぎるから言えない。」と言ってニヘッと笑った。まったく、なんというか、呆れて溜め息しか出ない。跡部も眉間にシワを寄せて、「惚気は壁に向かって吐いてろ。」と呟いている。…ほんま、その通りやと思うわ。
