
は特別にカンが鋭い方では無いし、空気もどちらかといえば読めない方だ。でも、いつもうるさいくらいに元気な人物が黙って静かにしていたりしたら、何かあったのでは、と嫌でも感づいてしまう。
菊丸の元気がなくなったのは、関西での合宿から帰って来てからだ。いつもよりぼんやりすることが多くなり、口数が減った。菊丸との共通の友人である不二に聞いても、よくわからないというだけで、なんのヒントも得られない。
菊丸はわりとわかりやすい性格をしているから、こんなことははじめて…というわけではないが、が1人で悩んでいても、なんの解決にもならない。『一緒にいたら空気が悪くなるから、仕方なく聞いてあげるだけなんだから、』と、自分自身によくわからない言い訳をしつつ、学校からの帰り道で菊丸に理由を聞いて見ることにした。
「ねぇ、最近いつもより静かだけど、何かあったの?」
別に心配してるわけじゃないけど。と付け加えつつ聞くと、菊丸は「えっ、まじで?」と驚いたような顔をした。どうやら、自覚症状がなかったらしい。彼らしいというかなんというか…は思わずため息をついた。
「で、なにかあったの?合宿で嫌なこととかあった?」
「や、嫌なことは特にないけど…」
菊丸は頭の後ろで手を組んで、唇を尖らせ、うーん、となんともいえない唸り声をあげる。これは何かモヤモヤと心に引っかかっていることがある時の彼の癖だ。
しばらく唸ってから、彼は「あのさ、」との顔を真剣な目で見た。
「はさ、将来の夢ってある?」
「夢?」
繰り返し問うと、菊丸は「うん、夢。」と頷く。
「大石はさ、医者になりたいんだって。」
「お医者さん…すごいね。」
「うん、大石ってやっぱすごいや、知ってたけど。」
そう言って、菊丸はちいさくため息をついた。
「で、外部の高校受けるんだってさ、青学の高等部には行かずに。」
「……寂しいの?」
「寂しいっていうか…なんだろーなー…」
そしてまた、菊丸は唇を尖らせ、唸り声をあげはじめた。うるさいけど、うるさくない。その声を聞くと、の心は不思議と落ち着いていくようだった。
「俺の夢ってなんなんだろ。」
不意に唸るのをやめて、ぽつりと菊丸が呟いた。
「俺、本当に今まで目の前の事しか考えていなかったんだなぁって。『将来の夢は?』って聞かれたら、適当なこと答えて来たけどさ、本当の夢ってなんなんだろ。大石は目標をしっかり持ってそれに向かって歩いてるのに。…なんだろ、俺だけ取り残されたみたいな気分。」
少しの時間、2人とも何も言わなかった。車道を走る車の音と、微かに虫の声だけが聞こえる道を、並んで歩く。
信号が青色に点滅しているのを見て、律儀に足を止める。そして、発光ダイオードは赤く色を変える。頭上に広がる夕焼け空と、同じ色だ。
「私も、将来の夢とか、やりたいこととか、よくわかんないよ。」
足を止めたまま、目の前を走る車を見ながら、は小さな声でつぶやく。
「それどころか、今の自分がやりたいこともよくわかんない。…でも、いいんじゃない?それで。」
絶対に菊丸の方は向きたくなかった。顔を見てしまったら、目から何か変な液体が出てしまいそうだ。
「本当にやりたい事が見つからないなら、今はまだそれでいいじゃない。」
はちいさく息を吸い込む。自動車用の信号が黄色になり、車はスピードを緩めた。
「私達、まだまだ時間はあるんだし、やりたいことを探さなきゃってことに気づいただけで、十分なんじゃない?」
「そうかな?」
「きっとそうだよ。だから、一緒にさがそ。やりたいこと。」
信号は青に変わった。さぁ、前に進もう。