
「ねぇ、さん、会計補佐、やってくれる?」
同じクラスの滝くんにそう声をかけられたのは、氷帝学園の学園祭準備が始まって間もない初夏のことだった。
「えっ、会計、補佐!?」
「うん、会計補佐。学園祭のクラスの出し物の。」
「…ちなみに、会計担当は…?」
「俺だよ。さんに手伝ってもらえたら助かるなって思って。」
そう言って、滝くんはにっこりと笑った。
何を隠そう、私は滝くんに心底惚れている。たぶん一方的に、だけど。所謂片想いってやつだ。
そんな私の気持ちに滝くんが気づいているのかどうかはよくわからないけれど…。
そんなことをモヤモヤと考えていたら、不意に滝くんに名前を呼ばれた。
「さん、」
「は、はい!」
「これは俺のわがままだから、嫌だったら断ってもいいんだよ。」
「い…!…嫌、じゃない!よ!」
むしろ、断れるわけがないのだ。滝くんのこと好きだから。…と、滝くん本人には言わないけれど。彼からの直々のご指名に有頂天になっていた。
これは、神様がくれたチャンスなんだと思う。いままでほとんど接点が無かった滝くんと関わるきっかけをつくるチャンス。
そのチャンスをちゃんと活かせるかは私次第なんだけど。
告白するだとか、お付き合いするだとか、そこまでたどりつけなくてもいい。まずははじめの一歩からだ。
滝くんと、たくさんお話したいよ。

学園祭の準備に追われる日々がはじまった。
クラスの出し物の看板を用意したりだとか、買い出しに行ったりだとか、準備らしい準備は手伝いくらいしかできなかったけど、その代わり、金銭が関わる事柄はすべて会計担当が管理することになっているため、仕事が多い。
とくに、女の子達は滝くんよりも私の方が話しかけやすいのか、領収書なんかを全部わたしてくるから、その整理だけでもてんてこ舞いだった。
そんな中、私が仕事をする度に滝くんはにっこり笑って「ありがとう、」とねぎらいの言葉をかけてくれる。その度に気分は空を飛べるくらい上昇する。と、同時に、滝くんは将来良い上司になるなぁ、とぼんやり思うのだった。
そうこうしているうちに、学園祭はどんどん近づいてきて、私は前より滝くんと気軽に会話ができるようになり、滝くんも、会計の仕事のこと以外でも私に話しかけてきてくれることが多くなってきていた。

二日間に渡り行われた学園祭は大成功を収め、数ある氷帝の行事で恒例の跡部くんの指パッチンと共に幕を閉じた。
次の日から、学校全体が通常営業に切り替わる中、私と滝くんは学園祭モードを引きずり、ぐだぐだと会計報告書を作成していた。
いや、実際にぐだぐだしているのは私だけなのだけれど。滝くんは流石、部活でも会計担当をやっているだけあり、てきぱきと作業をこなしていく。一枚の書類を片付けるのに、ものすごく時間がかかる私とは大違いだ。
それでも、滝くんはそんな私に文句一つ言わずに「終わったから半分手伝うよ、」と私の担当の書類を引き取ってくれた。
やっぱり優しいなぁ、好きだなぁ、と滝くんがペンを走らせる度に揺れる彼の茶色い髪の毛を眺めていたりしてるからますます仕事が進まない。
こんな風に彼と仕事をするのは最後かもしれない、そう思うと少しさみしい。…うそ、すごくさみしい。
でも、その最後の前に、滝くんに言っておきたいことがあった。
はじめの一歩は踏み出せた。二歩目からは自然に足が付いてくるはずでしょう?
「ねぇ、滝くん、会計補佐に私を指名したの、滝くんのわがままだって言ってたよね。」
「…うん、まさかあそこまであっさり頷いてくれるとは思わなかったけど。」
会計補佐なんて、地味だし、その割に大変だし。そう言って滝くんは笑う。
確かに地味で大変な仕事だったけど、滝くんのおかげで仕事は全く苦ではなかったし、滝くんと一緒に仕事ができて楽しかったし、うれしかった。
「じゃあさ、滝くん、あのときは私が滝くんのわがまま聞いたから、次は滝くんが私のわがまま、聞いてくれる?」
「さんの、わがまま?」
滝くんは「いいよ、俺にできることなら。」と頷いた。
そんな滝くんの笑顔を見て、ホッとするのと同時に、いまから彼に伝えなければならないことを考えて、鼓動が早くなっていくのを感じる。
小さく息を吸い込み、滝くんの目を真っ直ぐ見た。
…今なら、言える。
「滝くん、私のこと、好きになってくれる?」
