「北から来た女にゆーしが口説かれてる!」そう言って岳人が大慌てでC組にやってきたのは昼休みの真っ最中だった。空になったお弁当箱を丁寧にしまいながら「ふーん、」と返すと「心配じゃねーのかよ!」と怒鳴られて勢いよく机を叩かれた。うるさい。

「っていうか『北から来た女』ってなによ。映画のタイトル?」
「あー、なんか前に忍足が勧めてきたな、それ。なんかパッケージがすごかった。」
「宍戸、違うC。あれは『北から来た女』じゃなくて『南から来た女』。」
「だあああああ!なんでおまえらそんなにゆるっゆるなんだよ!興味ねーのかよ!ゆーしを口説いてる女に!とくに!お前ゆーしのカノジョだろ!?カレシが他の女に言い寄られてて嫌じゃねーのかよ!」

そんなことを言われても、こういうことは日常茶飯事だからもう慣れてしまった。ので、大きなリアクションを起こせない。

「相手はわざわざ北海道から東京まで手土産持ってきてるんだぜ!?しかもめちゃくちゃ美人!お前、油断してたらゆーし掻っ攫われるぞ!」
「北国から来た美人かー。それは強敵だなー。」
「強敵だなー、じゃねーよ!ゆーしの貞操の危機なんだって!」

受け流そうとしたら、岳人に腕の辺りをばしばしと叩かれた。ちっちゃいとはいえ、流石テニス部。痛い、すごく痛い。

「わかったわかった!行くから!侑士のとこ!叩かないで!」

ギブアップ、と両手を上げると岳人は「わかればいいんだよ」と真面目ぶった顔で頷いた。

「ゆーし今教室に居るから、さっさと行って来いよ。」
「あー、うん。はい。行ってきます。」
「めんどくさがってんじゃねーよ。」

岳人に勢いよく背中を押されながら、教室を出る。目指すは3年H組だ。
ちいさく溜息をつきながら、廊下を歩いていると後ろから幼馴染達の声がかすかに聞こえる。

「ねえねえししどー、北国美人からのお土産って何だと思う?俺、白い恋人がE〜」
「ばっかだなジロー、まだもらえるって決まってねーだろ。…俺はジンギスカンキャラメルがいい。」
「えー、あれは邪道だC。ジンギスカンは普通にジンギスカンで食べないと〜」
「お前らちょっとはとゆーしの心配しろよ・・・。」

うん、君はすっごく優しいいい子だね岳人。あとでお菓子たくさんあげるよ。侑士が。

H組まで行く廊下の途中で、侑士に出会った。

「…北国美人はどうだった?」
「散々やったわ。」

だいぶ疲れた顔をしている。「お疲れ様。」と肩を叩くと、「何でもっと早く来てくれへんかったん」とジト目でにらまれた。そんなこと言われても…。

「岳人が心配してたよ。侑士が北国美人に惚れるかもって。」
「あぁ、アイツあの子が来たときその場に居ったもんなあ。」

「まあ確かに美人やったけど。」そう言って侑士は私の頭をなでる。これは侑士がちょっと精神的に不安定なときにいつもやる癖だ。…やっぱり、もう少し早く向かってあげたほうがよかったのだろうか。とか考えてると頭を撫でていた手をぴたりと止めて「は?」と聞いてきた。

「私?」
「そう。は岳人みたいに心配してくれへんの?」
「うーん、あんまり心配していないよ。」
「……さよか」

ちょっと侑士はさみしそうな顔をする。ここで、普通の女の子なら「心配」って言うのかもしれないけど、私はそういうこと言うキャラじゃないし、本当に心配してないし。
でも、それにはちゃんと理由があるから「だって、」と言葉を続け自身の頭に置かれたままになっていた侑士の手をとってお祈りをするように胸の前でぎゅっとにぎった。

「今だってうちのクラスに来てくれようとしてたんでしょ?」
「せやけど…。」
「侑士と私はいっしょじゃないとダメなんだとおもうよ。十字架の縦の棒と横の棒みたいにね。」
「…もっとええ例えは無かったんか。」

そう言って侑士は苦笑する。いつもの彼に戻ったみたいで、ほっとする。
…あぁ、なんだかんだ言って私も少しだけ、彼のことを心配していたみたいだ。

「そういえば北国美人からのお土産ってなんだったの?」
「あー、ロイズの生チョコ。」
「まじで?私にもちょうだい。」
「あげへんわ。」