「黙って座っていれば良いのに」と観月くんによく言われる。お人形のようにしていれば私は彼の理想にぴったりだそうだ。
ちいさいころから『おしゃべりだ』と言われて育ってきた。その『おしゃべり』がプラスの意味かマイナスの意味かは今は置いておいて、兎に角観月くんのその発言により私はアイデンティティを根本から否定された気分になったのだ。




「でも、観月はキミのそういうところが好きなんだと思うよ。」

そう木更津は言う。そんなばかな。テニスコートの隅でみんなとケラケラ笑っていたら思いっきり眉間にしわを寄せる観月くんが?

「それはたぶん、ヤキモチやいてるんだよ。」
「……観月くんが?」
「観月が。」

まっさかー、と手をひらひら振ると木更津は、そのまさかかもしれないよ、と言ってクスっと笑った。




風邪を引いた。すこしはやめにやってきた夏風邪らしい。「夏風邪はバカがひくっていうもんね。」と眼鏡をクイしながら言った野村にはでこぴんをくらわせてやった。見事に命中した。ざまあみやがれ。
それはいいとして、その風邪のせいでおもいっきり喉をやられて全く声が出なくなった。仕方がないからテニス部の部室の居心地が良い椅子に座って大人しくしていたら誰か入ってくる度に「今日は静かだな。」とか「いつもとはなんか違うだーね。」とか言われる。このやろう。私はいつもそんなにうるさいのだろうか。少々申し訳なくなり、ちょっと反省する。

しょんぼりと項垂れていたら、扉を開けて観月くんが部室に入ってきた。きょろきょろと中を見てそれから私の方を見て「居たんですか」と呟いた。居たんですかってなんだよ。

「あまりにも静かだから、今日はいないのかと思いましたよ。」
「観月、こいつは今日風邪らしいだーね。」
「えぇ、知っています。」

観月くんは頷く。そして呆れたような顔でお説教を始めた。

「まったく、普段の体調管理がきちんとできていないからこのようなことになるんですよ。」

存じておりますごめんなさい。

「だいたい、どうして声が出なくなるまで放っておくんですか。ひどくなる前に僕に言ってくれれば薬も差し上げたのに。」

おっしゃる通りです。

「まったく、いつものように口答えしてこないと調子が狂いますね。」

深い深いため息をついて観月くんは頭を抱えた。そして、いつものように髪の毛を指先で弄び、私の目を真っ直ぐと見る。

「はやく治して、いつものようにやかましい貴女で居てください。貴女が静かだとなんだか落ち着きません。」

吐き捨てるようにそう言われて何度も首を縦に振ることしかできなかった。
まったくこの人は。油断している時に殺し文句を言うなんて反則だ。恐らく彼がこのようなことを言うのは無意識で、無自覚だ。だから余計に恥ずかしい。
照れ隠しにぐるりと部室を見わたすと、きょとんとした顔をしている柳沢の横で木更津が「ほらね、言った通りだ」という風にクスクスと笑っていて、少し腹が立った。