雨の日はきらいだ。長太郎はぼんやりとそう思い、濃い灰色の空を見上げた。テニスもできないし、傘を差しているから隣で並んで歩く彼女の手をとることもできない。
溜息をつく彼に反して、はどこか楽しそうだ。ストライプの傘をくるくるとまわす。ちいさく鼻歌も聞こえてきた。「たのしそうだね」と長太郎が声をかけると、「うん」ときらきらした目をして大きく頷いた。
「長太郎は楽しくないの?雨って素敵よ?」
「うーん、俺はあまり雨は好きじゃないからなぁ。」
長太郎が少し困ったような顔をすると、は「見方を変えれば違ってくるわよ」クスクスと笑った。
「たとえば、雨のにおいとか。知ってる?雨が降ったときって、いつもとちがうなんか柔らかいにおいがするのよ。」
「柔らかいにおい?」
抽象的すぎてよくわからない。首をかしげていると「そうねぇ、他には……」とは傘を持っている方とは反対の手の指を自身の唇にあてた。
「水たまりの色とか、場所によって違うのよ。いま長太郎の足もとにある水たまりの色、ムラサキって感じじゃない?深い青に少しだけ赤を混ぜたような感じの紫。」
そう言って、は地面に広がる小さな海を示した。だけど、どんなに長太郎がそれを眺めていてもただの水が地面に溜まっているようにしか見えなかった。
「俺にはただの透明に見えるんだけど……」
「そんなことないよ、水は同じ色に見えるけど、全部違う色が付いているの。」
はにっこりと笑って、雨のしずくをうけとめるように片手を傘の中から出した。
「ビーカーの水とグラスに入っている水って、どこか違うような気がするでしょう?この、雫も」
長太郎の目の前に彼女は手のひらをかざした。それは、雨の日の薄明りをきらきらと反射して、少しの瞳に似ているような気がした。
「それでも、色は同じ透明だよ。」
そう、そんな『気がする』だけ。水は水だ。「長太郎はリアリストなのね」とは頬を膨らます。そんなことを言われても、自分はこういう考え方をしている人間なのだから仕方ないじゃないか。ぎすぎすとした空気になりかけていたとき不意にが「あ」と声を上げた。
「見て、長太郎、虹だよ。」
くだらない言い争いをしているうちに、雨はやんでいたらしい。雲の隙間から太陽が顔を出し、どこからか7色の橋がかかっていた。
傘を閉じて、お互いが居る方とは反対の手に持ち、となり合っている方の手をそっとつないだ。
「雨はきらいだけどさ、雨の後の虹は綺麗だなって思うよ。」
ちいさく長太郎がそう呟くと、は目をぱちぱちとさせてからくすりと笑った。
「うん、長太郎のそういうところ、すごく好きよ。」
