好きだ、と言葉にするのは簡単に思えるが、実際はそう単純な問題ではない。様々な紆余曲折を経て「あぁ、俺はあいつが好きなんや」という結論に辿り着いたはいいが、ここから先どうすればいいか全くもって見当がつかない。
と、いう旨を岳人に相談したら「そんなの当たって砕けりゃいいだろ!」と言われてしまった。いや、砕けたらあかんやろ。生憎うちの相方の辞書に『慎重』とか『穏便』とかいう言葉は無いようだ。とはいっても、他にあいつと距離を縮める方法が思い付くわけでもなく、俺は目の前で楽しそうに笑うあいつをただただ眺めているしかない。

あいつの名前は。氷帝学園の幼稚舎出身で岳人達の幼馴染み。そして、うちのテニス部のマネージャーである。性格は明るくて、ざっくばらん。どちらかというと男友達なような感覚だ。なんであんな子を好きになったんだろう、と思う。だって、全然俺のタイプやあらへんもん。とくに美人なわけでもないし、足も綺麗ってわけやない普通やし。
ただ、あいつのことが好きやからそう感じるんかもしれへんけど、の笑った顔はこの学校のどの女の子よりも、いや、世界中のどの女の子よりもかわええと思う。とか言ったら隣に居た岳人に「ゆーしきめぇ」と言われた。自分でも少しそう思っていたところだからもう放っといてほしい。
そんなこんなで、俺はどうにかしてとの距離を縮めようと試行錯誤しとるわけやけど、これがなかなかうまくいかない。「女の子をとっかえひっかえして遊んでそう」とか言われる俺やけど、そんなに恋愛経験値が高いわけやあらへん。むしろ普通の中学生並み。好きな女の子に声をかけるのも平静を装いつつ、けっこうおっかなびっくりや。だからつい、本来は思ってもいない彼女を傷つけるかもしれないようなことを口に出してしまう。「今日もがさつやな、そんなんやったらお嫁に行かれへんで。」とか「そういやも女の子やったんやなぁ、えらい男前やから気づかへんかったわ。」とか。それにいちいち反応してほほを膨らませたり、キッと睨んできたりするを見て喜んでるんだから、小学生の男子が好きな女の子に悪戯をしかけるのと同じレベルだ。氷帝の天才が情けないとは思うけど、こればっかりは仕方ないやろ?照れ臭いんやもん。
そんな調子で今日も俺はボールが大量に入ったカゴを抱えて走り回るに声をかける。いつもの軽口のつもりだった。だが、いつの間にか彼女の肩はわなわなと震えていて、気がついたときは「忍足のばか!」という捨て台詞を残して俺の目の前から走り去って行ってしまった。
駆け出すの背中をただただ見守ることしかできなかった俺を、珍しく起きていたジローがこれまた珍しい鋭い声で呼んだ。ゆっくりとそちらを向くと、心底腹をたてていますという風な表情をしたジローが俺の方につかつかと近づいて来て、いきなりジャージの胸元を掴んできた。

「忍足は全然わかってない!」
「ちょ、いきなりなんやねんジロー、」
「いきなりじゃないC。さっきからずっと忍足とのこと見てた。」

助けを求めて岳人を見ると、困ったような表情をしてため息をついていた。どうやら、岳人にもこうなったジローは止められないらしい。

の気持ちなんにもしらないくせに、勝手にを泣かせんな!忍足のばーか!」
「ちょ、ジロー、バカは言い過ぎ、」
「がっくんだって気づいてんだろ!?とずっと一緒に居たのは俺達だし!」
「そりゃ、まぁ、なぁ、でも…」
「ちょいまち、話が全然読めへん。どういうことなん?」

いつの間にかジローと岳人で会話が成立しはじめていた。思わず会話に割り込むと、岳人はあんぐりと口を開け、ジローは眉を潜めた。

「ここまで言ってもわかんねーとか侑士ニブすぎだろ。」
「ほんと、忍足ばかだよねぇ。ばかばかばーか。」
「うっさいわ。」
「うっさいついでに一言言わせてもらうけどさ、」

ジローが俺のジャージを離し側においていた鞄を漁りはじめた。そして「なんやねん、」と問う俺にずいっと赤い箱を差し出してくる。

、きっと泣いてるから、なぐさめてきてよ。」

ちょっとだけひしゃげたポッキーを受け取って「おおきに」と呟いてから俺はが消えた方角に向かって走りはじめた。
薄暗い部室の裏で、は膝を抱えてしゃがみこんでいた。名前を呼ぶと今にも泣きそうな顔で睨み付けてきて、ものすごい罪悪感を感じた。

「すまん、さっきのは流石に言い過ぎたわ。」
「いいよ、別に。」

俺が謝ると、は俯いて着ていたジャージの袖をぎゅっと握った。「いいよ」と言いつつも全くこちらを見ようとしない。

「なぁ、、」
「何?」

は相変わらず地面を見ている。その小さな背中を抱き締めたいという思いをぐっと堪えて、今まで伝えたくても伝えられなかった俺の気持ちを口にする。

「俺な、のことめっちゃ好きやねん。」
やっと、がこちらを向いた。涙目で、その泉がいみにも決壊しそうだったから、思わず苦笑いしてしまう。

の目の前に居ると緊張してつい思ってもないようなこと言うてまう。ほんまに堪忍な。」

今更何いってるんだ、とか思うかもしれへんけど、俺のこと嫌わんといてほしい。ただその一心だった。「頼むわ。」と頭を下げる俺の名前をが呼ぶ。顔をあげると、くしゃくしゃな顔をしたがゆっくりと口を開いた。

「ばか忍足。」
「えっ」

今日は「ばか」と言われてばかりや。突然のの発言に驚く俺を他所に、は続ける。

「私、忍足に嫌われてるんじゃないかと思ってたじゃんか。ひどいよ!」
「せやから謝っとるやないか、」
「それでも足りない!」

頬を膨らませる彼女に「じゃあ、どないせぇっちゅーねん、」とため息をつきながら聞くと「それじゃあ罪滅ぼしに…」と真剣な顔でこちらを見てくるから俺は思わず姿勢を正した。

「私を彼女にして。」

短い沈黙のあと、おれの口から出たのは「は?」という間抜けな音だけだった。それを見てはくすりと笑い続ける。

「私も忍足のことめっちゃ好き。」
まぁ、つまり、むやみやたらと声をかけて変にの気を引いたりする意味は無かったってことやな。なんか肩透かしをくらったような気分だ。
そういえば、もらったポッキーも必要無くなってしまった。あとでジローと岳人に二倍にして返さないといけないかもしれへんなぁ。

「おい、ジロー、これでよかったのか?」
「よくないに決まってんじゃん。俺だってのこと好きだし。」
「じゃあなんで自分じゃなくて侑士にを慰めに行かせたんだよ。」
「…そりゃ、が忍足のこと好きだって知ってたから。忍足にが取られるよりも、あんな顔するを見る方が嫌だし。あれでが笑ってくれるなら安いもんかなって思っただけ。」
「ジロー、なんというか、お前、大人だな。」
「えぇー、気付くの遅すぎだC!」