練習を終え、ただなんとなく訪れた生徒会室で、は部屋の隅に置いてあるソファーで膝を抱えて座っていた。すっかりと深い色に染まってしまった窓の外は曇り空で、月も星も見えない。当然、生徒会室も電気をつけなければ足元が見えないほどなのだが、何故か明かりの1つもつけていないためそこは薄暗かった。パチンと電気をつけても、はまったく動かない。あまりにも動かないから寝ているのではないかと思ったがそうではないらしい。俺が「何してるんだ」とひとり言のようにつぶやくとヤツはキッとこちらをにらみつけてきた。そんな顔しても怖くもなんともねぇんだよ。

「ひでぇ顔だな、」
「誰のせいだと思っているのよ、」
「知るか。」
「あんたのせいよ跡部景吾、」
「俺が何したっていうんだよ。…というか、生徒会室は部外者立ち入り禁止のはずだぜ。」
「忍足くんや滝くんもよくここでお茶してるじゃない。」
「アレはあいつらが勝手に入ってくるんだよ」
「それじゃ、私も勝手に入らせてもらうわ。」

そう言ってはフンと鼻を鳴らした。それにしても、今日のコイツは相当機嫌が悪いらしい。言葉の一つ一つが投げやりだ。

「何で機嫌悪くしてんだよ、」
「あんたのせいだって言ったでしょ、」
「意味が分からねえよ」
「察しが悪いな、得意技は眼力じゃなかったの?」

大抵の人間の考えていることならば、行動や声色なんかで分かってしまう俺だが、こいつが今何を思ってこんな態度を取っているのかなんて皆目見当がつかない。「ここでそれが使えたら苦労しねえよ。」とため息をつくと、ヤツはソファから立ち上がり、俺の方を向いて真剣な表情をして口を開いた。

「ねぇ、跡部、私が考えてること分からないのって嫌?」
「はぁ?」

思わず眉間にシワを寄せた俺のことを気にするそぶりもなく、はただ睨み付けるように俺を見る。

「私が思ってることとか、跡部に対して言いたいこととかが伝わってこないのってなんかもどかしくない?」

真っ直ぐに瞳を見つめられて動くことができなかった。ヤツは深呼吸するように小さく息を吸って、吐いた。

「私はね、もどかしいよ。なんか跡部の考えてることってよくわかんないし。そりゃあ、生徒会のこととか部活のこととかテニスのこととか色々考えてるのは分かってるんだけどさ、そうじゃなくて、最近跡部の言葉で聞いてないな、って思ってさ、跡部の考えてることを。」

それだけ言って、は俺の両手を握った。小さくも暖かい彼女のそれは、どこか心地好いと思う。そして、真剣な表情を少しだけ崩し、笑みを浮かべては続ける。

「たとえば、跡部が私のこと、どう思ってるか、とかさ。」

一瞬だけ、力を込めたその手を離して、は再びソファに腰掛けた。そして沈黙が訪れる。遠くから下校中の生徒達の話し声が聞こえる。テニス部の奴らはもう全員帰ったのだろうか。いつも聞いているはずのその音がどこか非現実的な物に感じられた。

「私は、跡部みたいに何でもこなせるほど器用じゃないし、跡部みたいに何も言わなくても人の考えていることが分かってしまうほど洞察力に長けているわけでもないの。」

表情を見ようとソファの方を向くと、ふいと顔を反らされた。

「つまり、跡部が言ってくれないと何も分かんないんだよ。」

泣いてるんだろうか、の声が震えている。

「跡部の言葉で伝えてよ、」

がそう言い切ったのと、俺が無意識に彼女の手を引いて自分の方に引き寄せたのはほぼ同時だった。少し笑って「ばーか」と耳元で囁いてやると、ヤツの肩がびくりと動いた。

「つまり、俺がお前に対して思っていることを口にしないから寂しかった、ってわけか?」
「別に寂しかったわけじゃないけど、」
「じゃあ他に何があるんだよ、アーン」

それは、と口ごもるを自分の胸からすこし離して、その瞳を真っ直ぐ見る。少し赤くなったそれは、まるでうさぎみたいだ。

「好きだぜ、。」

目の前の2つの赤がみるみるうちに涙で滲んだ。泣かせるつもりはなかった。密かに焦る俺を余所に、校舎の外はぽつりぽつりと街灯の明かりが点りはじめている。もうすぐ雲の切れ目から月も顔を出すだろう。