子供のころから筋金入りの不器用で、一カ月のうちで皿を一枚も割らないということはなかったし、ノリシロからはみ出さずに糊を塗ったことはなかったし、キリトリセンに沿って真っ直ぐ紙を切れたことはなかった。大人になってからだいぶましになったものの、工作や化粧なんかの手先の器用さを必要とする細かい作業は未だに苦手で敬遠しがちだった。もちろん、ネイルアートなんて以ての外だ。それでも私がこうしてマニキュアの瓶を握っているのは、目の前に居る彼がこれに興味を示したからであって、自分から進んで購入したわけでは断じてない。「こぎゃん色がみすずには似合うったい、」とか「みすずはこんなの使わんの?」とか言われたら、買わないわけにはいかないだろう。おんなのことして。
それでも私がどんなに丁寧に爪の上で筆を滑らせても、そこにできあがるのは不格好に赤く色づいた指先だけ。中途半端に乾いたマニキュアをリムーバーで落としながら溜息をついて居ると、それまでじっと私が爪に色を乗せるのを見ていた千歳が「貸してみなっせ」手に持っていた筆を奪う。小さなそれは、彼の大きな手にはあまりにも不釣り合いだった。
私より頭二つ分以上大きな体を丸めて、私の手をとりマジマジと指先を見つめる。私の頬に熱が集まる。それでも千歳は指先を見つめるのをやめない。そんなに見られると、爪以外のところまで赤く染まってしまいそうだ。
千歳は「まるで貝殻みたいばい」と呟いてゆっくりと私の指先をなでる。そうして、手に持った筆の先を私の爪と優しく重ねた。
「動かないで乾くまでもう少しまっときなっせ。」
千歳は私が奮闘していた時間の半分以下の時間で私の爪を綺麗に塗り終えてしまった。手を裏返したりもとにもどしたりして感心しきりの私を見て千歳はニコニコと嬉しそうだ。「ありがとう」とお礼を言うと、千歳は再び私の手を取ってじっと指先の赤色を見て、それから私の顔を見た。「どうしたの?」と聞くと、彼はにっこり笑って口を開く。
「そういうの塗ってると、なんかちょっとだけやらしかね。」
そう言ってから、千歳は私の手の甲に唇を押しつけた。