ガタン、という音が聞こえて目が覚めた。彼女を待っていたらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。もやがかかったようにぼんやりとした頭を左右に振ってから、音がした方を見ると、いつの間にか帰ってきていた彼女が冷蔵庫を覗きながら何か考え込んでいた。火のついていないガスコンロには、使いやすさ重視で選んだ銀色のアルミ鍋が置かれている。先程の音はこれを取り出したときのものだったようだ。そんな彼女に「なにしてるんですか、こんな夜中に」と声をかけると「あ、若くん、ただいまー」と能天気な声が返ってきた。
「はい、おかえりなさい。で、なにしてるんですか」
「いやぁ、ちょっとね、お腹が空いたからなにか食べようと思いまして…」
そう言って彼女はへちゃりと笑った。
彼女は時折、今のように子どものような表情を見せる。俺より一年早く産まれて、未だに学生として親の脛をかじっている俺より一足早く就職して社会人をやっているはずなのに、不思議だ。
「晩御飯は適当に食べて帰るんじゃなかったんですか」と聞くと、やっぱり子どもみたいに「食べたよー。食べたけど、仕事頑張ったらお腹空いた」と頬を膨らませる。そんな調子で会社でちゃんとやっていけているのかと不安になるが、まぁこの人はこう見えてしっかりしているから大丈夫なんだろう。それに、そんなことを口に出したりしたら絶対に彼女は機嫌を損ねるから、心配しているっていうのは俺の心の中でだけの秘密だ。
そんなことを考えていると、彼女は冷蔵庫を閉じて戸棚から買いだめしてあるインスタント麺の袋を取り出した。まさかそれを食べる気だろうか。鏡を見なくても自分が呆れたような表情になっているのがわかる。それに気づいたのか彼女は「だって調理しないと食べられないような物しか無いんだもん」と言い訳を述べた。
「…こんな時間にそんなもの食べたら太りますよ」
「今日だけだからだいじょーぶ」
大丈夫、とかそういう問題ではない。体を壊しても知らないぞ、そう俺が言うのを遮るように彼女は「それに」と俺の目を見た。
「もし、私が太っても、若くんは私のことを好きでいてくれるでしょう?」
そう言って、彼女は首を傾げる。まったく、敵わないな、と思う。それでも、彼女の言葉を肯定するのはなんだか悔しくて、「そこ、どいてください」とキッチンに立つ彼女を押し退けた。
「え?」
「アンタは仕事で疲れてるんだから、ちょっと休むべきだ。俺がなにか作るから、そこで座って待っていてください。」
それだけ言って、驚いて目を瞬かせる彼女を見ながら俺は冷蔵庫を開ける。もう夜遅いから、ぞうすいとかスープとか消化が良いものでもつくろうか。卵を手に取りながら思案していると、彼女が「若くん、」と声をかけてきた。
「なんです」
「若くんはやさしいねぇ」
そう言って、彼女はまたへちゃりと笑う。やっぱり子どもみたいだ、と思うが、それに「褒めても何も出ませんよ」と素直じゃない返答をする俺も子どもであることに変わりはないのかもしれない。
窓の外には金色の月が見える。ボウルに割り落とした卵の黄身にそっくりだ、なんて考えながら、俺はアルミ鍋を火にかけた。
