「縁結びで有名な神社に行こう」と誘われた。忍足侑士に。彼に誘われたときの私の顔はそりゃあもう間抜け面だったことだろう。「あいたまんまやで、」と指さされた口を慌てて覆うと「おもろいなぁ」とくすくすわらわれた。私は動物園のパンダじゃないんだぞ、と睨み付けても、彼は「はいはい」と私の頭を子供にするみたいに撫でつけるだけだった。
なんやかんやで押しきられて、私は忍足とテレビなんかでよく聞く名前の縁結び神社にやって来た。
ばかみたいにでかい境内は、参拝客で溢れかえっている。みんなそんなに神様に縁を結んでほしいのか。居るか居ないかよくわからないものに手を合わせる前に、自分を磨くなり、相手に積極的に話しかけるなり、努力はできないものなのか、とぶつくさ言っていると隣の忍足が「まったくその通りやなあ」とうんうん頷いた。
「ここに私を誘ったヤツが何を言ってるんだ」
「努力しても叶わへんことって、あるやろ?」
そう言って忍足が首を傾げる。男がそんなことをやったって可愛くもなんともないのだけれど、コイツがやると様になっているように見えるから不思議だ。
「忍足にそこまでさせるような人が居るんだねぇ、」
「その台詞は俺にも相手にも失礼とちゃうか?」
そう言って眉間にシワを寄せる忍足の腕を「まあまあ、」と宥めるようにぽんぽんと叩くと彼は「しゃあない子やなあ、」と困ったように笑った。その顔を見ていると、1つの疑問がふっと頭をよぎった。もし、この神社でお願いしたことによって、忍足の恋愛が成就してしまったら、私と彼の関係はどうなるのだろう。
恐らく、今までのように廊下で忍足を見かける度にタックルをかましたりすることはできなくなるだろう。彼に膝かっくんされたり、肩を叩かれ振り返ったら頬を指で突かれたりすることもなくなりそうだ。それが、いいことなのか、悪いことなのか、いまいちよくわからないが、忍足との距離は確実に開くだろうな、と思うと少しだけ胸の奥がもやもやした。
そんなことを考えているうちに、本殿までの距離はあと少しになっていた。「ご縁がありますように、ってことで五円玉を投げるんやで」という忍足に従い、財布から小銭を取り出す。順番待ちの暇をもて余し、その穴から向こう側を覗き見ると「なにやっとんねん」と呆れた顔をされた。少し傷つく。
「ねぇ、忍足、」
ちいさな穴の向こう側の世界を見ながら、彼の名前を呼ぶと「んー?」とのんびりした返事が返ってきた。その声はいつもと同じ、低くて、やさしくて、静かな声だ。そんな彼に想われる女の子はどんな人物なんだろう。考えるよりも先に言葉が口から出た。
「忍足の好きな人って誰?」
驚いたような顔をすると思った。だが、忍足は「さぁ、誰やろなぁ」と不敵に笑うだけだった。なんだかくやしいから、私も「教えろ」とムキになる。
「ま、自分の胸に手を当ててよう考えてみることやな」
そう言って忍足はゆっくりと足を前に進めた。賽銭箱はもう目の前だ。五円玉を放り込んで手を合わせ、目を閉じる。私も慌ててそれに倣う。閉じていた目を開くと、忍足と目があった。
にこっと微笑んだ忍足は「ほな、いこか」と私の手をとった。そのまま手を引かれ、本殿をあとにする私と忍足は、他人の目からはどのように見られていたのだろうか。
帰り道、石畳上を歩きながら忍足の背中を見ていると、不意に彼が立ち止まりこちらを振り返った。
「は何をお願いしたん?」
それを聞かれるとは思いもしなかった。なにも考えず手をあわせてしまっていたというのが正直なところだ。咄嗟に「忍足の恋が成就しますように?」と先刻の忍足の真似をして少し首を傾げると彼は先程は見せてくれなかった驚いたような表情をした。
「そりゃ助かるわ」
ぼそりとそう呟いて、忍足はまた私の頭を撫で付ける。こっそりとその表情を盗み見ようとすると、軽くチョップをかまされた。
その痛いけれどやさしい感触を噛み締めながら、忍足の好きな人が、彼が私と話していても怒ったりしないような優しい人だったらいいな、と密かに思った。

(こいつ鈍感やから気づいてへんのやろうなぁ)