そう思うのはこれで何度目だろうか。就業時間が過ぎて薄暗いオフィスの中、キーボードを叩く手を止めては深くため息をついた。ふと、デスクの上に放り投げている携帯電話に目をやると、メールの受信を告げる青いランプがチカチカと点滅していた。取引先からの苦情メールだろうか?いや、それならバソコンのメールボックスに届くはずだ。不思議に思いながら折り畳み式のそれを開く。そこに表示された名前を見て、彼女は目を丸くし、そして微笑んだ。軽く伸びをして、椅子から立ち上がる。仕事は少し休憩だ。未だ終わりが見えない決算報告を一瞥して、は備え付けの自動販売機に足を向けた。

そう思うのはこれで何度目だろうか。電気も点けず自室のベッドに寝転がり、携帯電話を片手に入江奏多は深くため息をついた。
恋愛に年の差は関係ないとはよく言うが、実際はそういうわけにはいかなかった。彼女は社会人で、仕事がある。対する自分は学生で、部活や勉強に追われている。時間が合うことなんて滅多に無かったし、例え会えたとしても、その時間はとても短い物だった。『会いたい』とだけ打ってメールを送ってしまったのは半分無意識だ。「僕らしくないな、」と呟いて彼は自嘲気味に笑った。
聞き慣れた着信メロディが部屋に響き渡ったのはその時だった。ディスプレイに光るその名前を見て、彼は何度か瞬きをする。自分の目が、信じられなかった。通話ボタンを押してから絞り出した「もしもし」というその声は情けないこと少し掠れていた。

「めずらしいね、さんが電話をかけてくるのは。」
「うん、でも、奏多くんがああいうメールを送ってくるのも珍しいんじゃない?」
「そうかもしれない」そう呟いて、彼は自嘲気味に笑った。あぁ、これはそうとうキてるな、となんとなく他人事のように思う。普段の彼はもう少し、余裕のあるような話し方をする。は携帯電話を反対の手に持ちかえて「ねぇ、奏多くん」と精一杯の優しい声を発した。
「今度の部活のお休みって、いつ?」
「え?」
「私、頑張って休み取るから、遊びに行こう?奏多くんに会いたい。」
沈黙が訪れる。彼は電話の向こうでどのような表情をしているのだろうか。見てみたいような気もするし、見たくないような気もする。しばらくなにも言わずに携帯を握っていると、電波を通してクスケスと笑う彼の声が聞こえてきた。
「驚いたよ。君がそんなことを言うとは思わなかった。」
彼の笑い声はまだ止まらない。最初は元気がなかった彼がそうしてくれるのは、嬉しいことではあるけど、そこまで笑うことは無いんじゃないだろうか。が少しむっとしながら「そう?」と聞くと、彼は悪びれもせずに「うん」と真面目な声で返した。
「悔しいな。君の考えていることは、分かりきっているつもりなのに、」
「そんなの、全部分かってしまったら面白くないでしょう?」
再び沈黙、の後で彼は「そうだね、そうかもしれない」と楽しそうに言った。
「ねぇ、さん、」
「なに」
「会いたいよ、すごく」
夜は更けていく。小さく呟いた「うん」に乗せた想いは彼に届いただろうか。
