部活の後に自転車立ち漕ぎで昇る坂道ほどしんどいものはない、と謙也は思う。
その後ろにもう一人、好きな子を乗せていたら揺らさないように気を付けなければならないから尚更。だからつい「お前…太った?」と心にもないことを呟いてしまったことは軽く流してほしい。だが、やはり女の子というものはそれで許されるほど優しくはないようで、後ろに乗っていたテニス部マネージャーであるは向かい風になびく髪を押さえつけながら「はぁ?」とすっとんきょうな声をあげた。
「ちょ、謙也、あんたはデリカシーって言葉を知らんのんかい!」
「知っとるわ!あ、もしかして、ほんまに太ったん?」
「うっさい!」
言い合いながらも二人を乗せた自転車はじわりじわりと坂道を昇る。謙也がペダルを踏む度に、新しいとはとても言いがたいその自転車はギシギシと耳障りな音をたてた。
「ああー、何で私、謙也のチャリの後ろなんかに乗っとるんやろか、」
「自分から乗ってきたヤツが何を言うとるんや。」
「だって蔵ちゃんが、遅くなったから謙也に送ってもらえー、って言うんやもん。」
「何で俺やねん。」
「知らんわ。家が近いからとちゃう?」
違うやろうな、と謙也は密かに思った。家が近いから、という理由だけならば、白石の家もそんなに大差は無い。もしかして、謙也のへの想いを察して気をきかせてくれたんだろうか。だとしたら、お節介な親友に感謝である。しんどいけど。そんなことを考えていると不意に「なぁ、謙也」と声をかけられた。振り向いたら自転車が漕げないので「んー?」と声だけで返事をする。
「ふと思ったんやけど、」
「なんやねん」
「何で私を後ろに乗せてくれたん?」
「好きな子に見られたらフラレてまうで」なんて言われて今度は謙也が「はぁ?」と声をあげる番だった。顔は見えないが後ろで笑っているのであろう彼女の温もりを背中に感じ、謙也はため息をつく。女の子というものはみんなこんなにニブいもんなんやろうか。
でも、俺が好きなのはお前や、だなんて言えるわけなくて、想いを伝えきれずに溜まったもやもやした気分を振り払うために、ペダルを踏む足に力を込めた。
「でもなー、謙也、」
「今度はなんや」
ぶっきらぼうに返事をするとはふふふっと声を出して笑った。
「私、そんな謙也のこと、結構すきやで」
「は!?」
思わず振り返ると、にっこり笑ったがこっちを見ていて、思わず見とれてしまった。
ぐらり、自転車が揺れてバランスを崩し倒れそうになる。「ひっ」というの小さな悲鳴で我に返った。
「あほ謙也!ちゃんと前、見とらんと転けてまうやろ!」
「す、すまん」
謙也の肩を掴む小さな手に少し力がこもる。正面を見てハンドルをしっかり握り直した。坂道を頂上まで登りきって、あとは目の前の道を下ればの家である。その前に、謙也はそっとブレーキをかけて一時停止した。「謙也?」と不思議そうに己の名を呼ぶ彼女に「なぁ、」と前を向いたままゆっくり声をかける。
「なんやねん」
「さっきの、」
「さっきの、って?」
「だから、さっきのや」
「ごめん、さっぱりわからん」
痺れをきらして「結構すきやでってアレや!」と言い捨てた。前を向いたままでよかった。きっと今、自分の顔はあの夕陽より赤いに違いない。それなのには「ああ、あれ…」と全く意識していなかったようだ。まったく、ニブいにも程がある。
「あんなん言うたら俺、期待するからな」
「え?」
「覚悟しとき」
それだけ言ってから、謙也は再びペダルに足をかけた。風を切るように、自転車は下り坂を進む。「いきなり発進せんといて!」というの叫びを無視して、
自転車はどんどんスピードをあげた。「しっかりつかまらんと振り落とすで」と言うと、それまで肩にあったの手が謙也の腰に回った。再び、バランスを崩しかけて、なんとか留まった。
びゅうびゅう風を切る音がする。ボロ自転車はタイヤが回転する度にキイキイとうるさい。それに紛れるくらい小さな声で「俺もすきやで」と呟いた。
「謙也、何か言った?」
「なんも!」
「耳、真っ赤になっとるでー」
「うっさいわ!」