世の中の学生達にとって、順番が回ってきてほしくないモノの一つに日直がある。 
もしかしたら、学生じゃなくても日直というものはあるのかもしれないし、そういう人たちはやはり順番が回ってきてほしくない、と思っているのかもしれないが、中学生である私にその事を知る術はなかったし、べつに知りたいとも思わなかった。 
なぜ、こんな話をしているのかというと、今、私は、現在進行形で、日直業務を黙々と片づけているほかならない。もともと、相当面倒くさいこの仕事だが、今のこの時期・テスト期間中ともなれば、その心労は倍以上だ。掃除の時間が無いから、ゴミ捨てと簡単な清掃という仕事が追加されるし、回収しなければならないプリントやノート類の量も普段とは比べ物にならない。もちろん、それに加えて、通常時の仕事もこなさなければならない。この期間は普段なら手伝ってくれるクラスの友人達も、勉強をしなければならないから、と、申し訳なさそうにしながらもそそくさと帰ってしまう。一学期に十日あるかないかのこの期間に当たっている私は、運がいいのか、悪いのか。溜め息をつきながら黒板消しを手にとった。クラスの王子さま的存在の男の子が横から黒板消しを奪って手伝い始めるという少女マンガの王道的な展開はここでは期待できそうにない。 
 
チョークの粉にむせかえりながらも、白と黄色に染まった黒板を拭いていく。単調な作業に時間が何百倍にも感じられた。 
教室の引き戸が開いたのはその時だった。思わず振り返ると、そこには所謂クラスの王子様的存在の男の子である不二周助が立っていた。 
予想外のことに目を丸くしていると、不二のほうも私がまだ残っているとは思わなかったようで、珍しく驚いたような顔をしていた。 
 
、日直だったっけ?」 
「え、あ、うん。」 
 
私が頷くと、不二は「ふうん、」と言って自分の席に向かった。そして、机の中からノートを取り出して、かばんにいれる。そうか、そのために来たんだよね。クラスの王子様の不二君が、凡人の日直の仕事の手伝いなんてしてくれるわけないですよね。黒板消しを握る手に力が入った。 
 
「ねぇ、、」 
「何?」 
「もしかして、僕に手伝ってほしいとか思ったりしていた?」 
「……別に」 
 
あぁ、本当に嫌な奴。彼もだけど、私も相当。もうすこし、素直にできたらいいのに。 
 
「……手伝ってあげようか?」 
「……え?」 
 
そう言うと、不二は私が何か言う前にもう一つあった黒板消しを手に取り、私の横で黒板を拭き始めた。 
予想外の展開に目を白黒させていると、「、すごく面白い顔してる」と笑われた。やっぱり嫌な奴だ。 
 

 
最後の授業が無駄に筆圧が高い先生だったから、綺麗に消すのに苦労した。とくに高いところとなると、つま先立ちをしなければならないから、手に力が入らない。でも、私が背伸びをしなければ届かないようなところでも不二は難なく届いていて、細身なのに背は高いんだなぁ、と感心したりしていた。 
 
ってさ、本当に平均的だよね。」 
 
急に不二がつぶやく。 
 
「どういう意味?」 
「そのまんまの意味だよ、身長も、成績も、スタイルも、顔も、普通。平均的。まさに『中学生らしい』という言葉がぴったりだ。」 
 
そう言って不二はくすくす笑う。ほめられているのかけなされているのか分からない。なんとなく腹が立ったから「不二は全然中学生らしくないよね」と言い返してやった。 
 
「どうして?」 
「どうしてって言われても…」 
「僕より手塚や乾の方がおっさんくさいと思うんだけど、」 
「違うよ、そういう意味じゃなくて、」 
「じゃあ、どういう意味?」 
 
どういう意味なんだろう、自分でもよくわからない、でも、 
 
「不二は同級生には見えないよ。手塚くんや乾くんとは違う意味で。…もちろんいい意味でだよ、大人っぽく見える。」 
 
そう言って不二を見ると、彼は一瞬目を丸くしてからにっこりと笑った。 
 
「ふうん…それで、はどうしたいの?」 
「……え?」 
「僕みたいに大人っぽくなりたいの?それとも、僕に中学生らしくしてほしいの?」 
「……別にそういう訳じゃないけど…」 
 
私が口ごもるのと、きゅ、と音を立ててとりわけ高い位置に書かれた文字を不二を消すのがほぼ同時くらいだった。 
 
「さてと、おしまい。」 
 
とん、と不二が黒板消しを置く。「……あ、ありがとう。」と私がお礼を言うと、「いいよ、僕が勝手にやったことだし、あと、何かすることは?」と彼は人がよさそうな笑みを浮かべた。 
 
「戸締まり、と、日誌書かなきゃ…」 
「じゃ、僕は窓閉めてくるから、は日誌書いておいて、」 
「え、でも、そんなの不二に悪いよ…」 
「言ったでしょ?僕がやりたくてやってることだから、は気にしなくて良いの。」 
「…わかった」 
 
神様、仏様、テニスの王子様、さっきは嫌な奴なんて言ってごめんなさい。不二周助はすっごくいい人でした。 
思わず天を拝みそうになっていた時、「ねぇ、、」と最初の時のようにまた声をかけられた。 
 
「ん?」 
「…何で僕が君にこんなに優しくするか、分かる?」 
「…え?」 
 
訪れた沈黙。外から風が流れる音が聞こえる。 
 
「…質問を変えようか、さっきさ、僕のこと中学生らしくないって言ったよね?」 
「え、あ、うん。」 
「だからさ、一緒に『中学生らしいこと』しない?」 
「中学生、らしいこと?」 
「そう、」 
 
不二が頷く。 
 
「それって…」 
「そうだなぁ、たとえば………初恋、とか?」 
 
彼は今日一番の笑顔でにっこりと笑った。 
 
「甘酸っぱくて、少し切ないヤツ…ね?」